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鶴木次郎のブログ はてなブログver

主にBlogger での同名ブログのコピペにて作成しております。

事物全般に対する評価 ナルシシズム

A「本日投稿するブログ記事により投稿記事数が440に到達します。

そして、このままのペースにてブログ記事を投稿し続けますと450記事まではどうにか到達することが出来るのではないかと思われます。

また、昨日投稿した記事内の書籍からの抜粋引用部分とは、なかなか面白いことが記してあったのではないでしょうか・・(笑)?

・・個人的な感想を押し付けるようであり、多少恐縮ではありますが・・(苦笑)。

しかしながら、これまで作成、投稿したすべてのブログ記事も見方によれば(いや、よらなくとも)多分に「個人的な考え、感想の押し付け」といった要素が強いと思われます・・(苦笑)。

そうしますと、ブログに限らず大方の世に出回っている文章、出版物等とは、同程度にそうした要素(個人的な考え、感想の押し付け)を有しているものと思われます・・。

そして、それを記した人間がそれらの文章を(ある程度の時間が経過の後)焼き捨てたり、削除しないでおくことには、何と言いますか一種のナルシシズム、自己愛による作用が(少なからず)あるのではないかと思われます・・。

つまり、自身としてはあまり「良い出来」と思われる文章でなくとも、読んで頂いたどなたかが、それにより、何かを気付いたり、発見する可能性があるのではないかという、いわば他力本願の「甘え」のような要素が(少なからず)あるのではないかと思われます・・(苦笑)。

そして私の場合は多分にあると断言できます・・(苦笑)。

とはいえ一方において自他何れであれ、作成された文章をも含む事物全般に対する評価とは、必ずしも精確(こうした場合、何をもって精確とするのか・・?)であるとはいえません・・。

また、世間にて良い評価を受けたものがすべて良いとも一概にはいえないようですし・・。

しかし一方において、そうした評価を絶対的に決める権威を有した組織、機関などがもしも存在しましたら、それはそれでかなりギスギスした居心地の悪い社会になりそうです・・(苦笑)。

しかし、ハナシを戻しますと、様々な事物に対する評価とは、その評価する人数が多くなるほど、大抵の場合、相対的あるいは「蓼食う虫も好き好き」といったものになると思われます・・。

そして、こうしたことを記していると不思議に気分が落ち着いてくる私がおります・・(苦笑)。

また、このようなことを記したついでに記しますと、数カ月前にはじめて、ここ最近は更新(とはいってもここでのブログのコピペですが)を行っていなかった「はてなブログ」を再開してみようと思います。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。
そして、さる四月に熊本を中心に襲った大地震により被災された地域における出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」