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真田丸、赤備えについて

A「先日本屋に行きましたら、特集雑誌のコーナーに今年の大河ドラマ真田丸」関連の書籍が多く並んでいました。
そして何故だか、そのコーナーは赤を基調とした色で飾られていました。
この「真田丸」の主人公、真田幸村(信繁)とは、一連の大阪の陣での活躍で有名ですが、元々は信州の豪族であり、同時に武田家の重臣として武田二十四将の中にその父祖が数えられています。
また、武田の軍勢とは「赤備え」と呼ばれており、具足などをチーム・カラーのように、ある程度赤色で統一していたようで、これが周辺敵対大名等から大変おそれられていたようです・・。
そして、この武田の赤備えの影響からか、この特集雑誌コーナーは赤色を基調としていたのかもしれません・・。」

B「ああ「武田の赤備え」は私も知っていますよ。
また、それと関連して徳川四天王の一人で、後の徳川幕閣における多くの重臣を輩出した井伊直政の軍勢も「井伊の赤備え」として有名でしたが、これも武田家滅亡後、その多くの遺臣を配下に加えたことに由来していています。」

A「はあ、なるほど、では「武田の赤備え」とはその後も様々なところで命脈を保っていたのですね・・。
とはいえ、何故戦闘などの際にわざわざ目立つ色である赤色をそのチーム・カラーのようなものに制定?したのでしょうかね?」

B「うーん、それはスペインの闘牛士ではないけれども、赤色はヒトを含めた動物を興奮させる要素があり、それをもって仲間内の士気を高めようと試みたのではないでしょうか?
あるいは中国の古典あたりにそういったものがあるのかもしれません・・。」

A「戦の際に赤い色で敵を興奮させると逆にやりにくくなりそうですが、まあ何れにせよ、赤色は目立ちますので、少なくとも臆病風に吹かれそうな時に自身を鼓舞するためには有効であったのかもしれません・・。
それと赤色で思い出すのは有名なロボットアニメの主人公のライバルが自身の乗機を赤く塗装していたことですが、これも何か関係あるのかもしれません。」

B「ああ、あのアニメに出てくる赤い彗星のキャラクターのモデルは多分、第一次世界大戦時のドイツ帝国撃墜王マンフレート・フォン・リヒトホーフェンではないかと思います。
彼はその乗機を赤色に塗装していることで有名でした。
またその後、兵器として飛行機が広く用いられるようになり、多くの撃墜王が各国に生まれましたが、それでも、このリヒトホーフェンには、それらの中に埋没しない、何といいますか突出した時代をこえたカリスマ性らしきものがあったのではないかと思います。
そして、そのカリスマ性の根源となるものとは、撃墜王でありながらも、プロイセンのユンカーを出自に持つことからくる騎士道に基づくような行為態度ではないかと思われます。
また、そのためか彼は敵である連合国側からも畏敬の念を持ってレッド・バロン(赤い男爵)と呼ばれていたそうです。
最後は1918年に連合軍機により撃墜、戦死を遂げてしまいましたが・・。
その後、彼をモデルとした映画等が多く制作されました。
それ故、さきほどの赤い彗星のキャラクターのモデルとは、ここにあるのではないかと私は思っています。」

A「・・なるほど、たしかにいわれてみると、そうであるかもしれません。
また、実用性に基づいて考えれば、飛行機などには迷彩塗装を施す方が良いのでしょうが、そこを敢えて目立つ赤色にて塗装を施すことには、単なる目立とうとする心情よりも、敢えて敵の前で目立つことを辞さないような古代以来、様々な戦士達が共通して持っていた率直且つ原始的な心的傾向のあらわれではないかとも思えますね。」

B「ええ、そうですね、しかし、そうした古代以来の戦士達の伝統的な心的傾向とは、近代戦の中においてはむしろ積極的に必要のないものとなり、そういった悲劇を一つの題材として描いているのが映画監督の方のルノワール第一次世界大戦の頃を舞台にして制作した「大いなる幻影」ではないでしょうか? 
この映画においても、そうしたキャラクターを演じているのは偶然でしょうかドイツ貴族を出自に持つ撃墜され負傷したパイロットでした・・。」

A「なるほど、そうしますと、第一次世界大戦のような国を挙げての総力戦になりますと、それ以前に見られた個人の向こう見ずな勇気、武勇などを重んじる古来からの戦士的な要素が不必要なものとなり、それよりもむしろ何といいますか勤め人的な勤勉さの方が重要視されるようになるのでしょうか・・?」

B「ええ、全体的な傾向として見ると、あの時代の周辺にはそのような変化があったのではないかと思います。
また、それは近代直後の我が国において見られた一連の不平士族の叛乱の原因においても同様のことがいえるのかもしれません。
さらに加えて、そうした様々な職業上における、良い、相応しいとされる心的傾向、行為態度の変化とは、少しずつであるかもしれませんが、現在においてもまた見られるのではないかと思います。」

A「なるほど、たしかにそうであるかもしれません。
それで、さきほどの真田幸村に話を戻しますと、あの時代も戦国時代末期から安定に向かおうとする丁度変化の時期でしたので、その中で彼等のような赤い色で統一された一群とは、やはり注目され、勝敗に係らず歴史に名を残すことになったのかもしれませんね・・。
とはいえ、それは幕末期における新撰組と同じような、ある種、悲劇的なものであるようにも思えます。」

B「ええ、そうですね・・。
そして私の場合、そこからチャーチルの書いた文章の一節を想起します。」

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