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和歌山の中華そばから考えたコト

今回の熊本、大分の地震で被災された地域における様々なインフラの早期の復旧を望み、また同時に被災された皆様に対し、十分な医療が為されることを願っております。

A「先日久しぶりに夢を見ました。
見た夢の内容とは、在和歌山時代によく通っていた「中華そば」のお店で数人と食事をしている夢でした・・(笑)。

この時期に何故、こうような内容の夢を見たということの解釈はなかなか難しいですが、それでも私にとって和歌山の「中華そば」とは、夢にまで出てくる程の価値を持っているということは事実であると認めます・・。

在和歌山時代は週末の夕刻、夜半などによく、連れ立って「中華そば」を食べにいっていた記憶があります。

多くの和歌山の「中華そば」のお店には、さばの「早すし」がテーブル上に積まれており、それと一緒に「中華そば」を食べるというのが、当地の慣習であり、私個人としては、この慣習とは、一つの優れた「地域における食文化」であると、疑いの余地なく信じております。

しかし、それを首都圏などで「これはいい!」と思い、同じことをしようとすると、それは「どうも違うのでは・・?」と思ってしまいます。

それは、その土地に根差した「中華そば」であるからこそ、この食文化(中華そばと早すしを一緒に食べること)が優れたものとして認識されるのではないかと私は思うのです・・。

また、それと同時に、局地的、地域性が強いものがあまり良いものでなく、全国的、普遍的な価値を持つものばかりが良いものであるという認識、見解もまた「どうも違うのでは・・?」と思ってしまいます。

現在、様々な理由から、自身が生まれ育った都道府県、地域から出たがらないような傾向が社会において強くなってきたように思われます。

首都圏、東京のものが何でも最先端(日本の中で)であり、それに伴い、殆ど無意識ながらも地方由来の文物を軽く見る傾向とは、何だか我が国が古来より諸外国と応対する時の基本的な姿勢とよく似ているのではないかと思うことがあります・・(苦笑)。

その昔、大和朝廷において、国内辺縁地域の出身力士による相撲を神事として行っており、また、周辺諸国からの定期的な贈り物に対し、鷹揚に構えているように見え(せ)ながらも、それらに対し相当の興味、好奇心を持っていたものと思われます。

こうしたことは、後の江戸時代の南方辺縁に位置する藩においても類似、同様のことがいえ、その藩からさらに南方に位置する島々を実質的に服属させ、その文化、習俗をことさらに自藩に属する異国、異文化由来(風)のものとして、当時のヘゲモンである幕閣に示しておりました。

そして、そういったこととは、現在の我が国におけるハーフ、外国人タレントに対する認識、扱いなどと、その基層部において何かしら類似、共通する要素があるのではないかと思われます・・。

とはいえ、こうした文化と同時に、国粋的な傾向を持つ文化も併存しており、それらが時代毎の権力者達の持つ背景文化に対し、何かしら少なからぬ影響を与えていた(る)のではないかと思いますが、如何でしょうか?

そして、そうした傾向の淵源とは一体どのようなものなのでしょうか?

また、それは我が国においてのみ特有なものなのでしょうか?」

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。

jtsuruki.blogspot.jp