鶴木次郎のブログ はてなブログver

主にBlogger での同名ブログのコピペにて作成しております。

灰の降る街について・・

A「本日の首都圏は台風一過によるものか大変天気も良く、また気温も思いのほか上昇しました・・。

これは町なかを歩く際に若干つらく感じる程度のものでした。

しかし、以前より何度も記すようですが、その日差し、そして気温とは、和歌山、九州(特に鹿児島)に比べると特に耐え難いという程のものではありません。

また、九州(特に鹿児島)の日差しに対しても能動的に慣れることを試み、それを継続すれば、どうにかしのげる程度までは慣れていくことも特に難しいことではないと考えます。

いや、むしろ鹿児島(市街)の夏季においては、その日差しよりも日常的ともいえる桜島の噴火による降灰に悩まされるかもしれません・・。
この(降灰の)ため、彼の地(鹿児島市街周辺)における夏季の洗濯物は、その強い日差しにもかかわらず露天にて干すことが困難です。

これには在住当初なんともいえない矛盾を感じておりました・・(笑)。

また鹿児島市街から電車、自動車などで離れて気が付くことは、路地の隅などに(火山)灰およびその痕跡がないことです。

また、それに伴い空気も幾分かキレイになっているのではないかとも錯覚します。

たしかに夏季の鹿児島(市街)においては、シャワー、入浴の際、身体の様々な部位に火山灰が付着していることに気づき、そのことから「ここの大気とは火山灰によって汚染されているのではないか?」と感じることが往々にしてありましたが、他の(空気がキレイな)地方都市と比べてはわかりませんが、少なくとも現在の首都圏と比べますと、まだ大分マシなのではないかと思われます・・。

とはいえ、鹿児島在住時は、この火山灰により洗濯以外においても悩まされ、当時乗っていた原付の運転時におけるゴーグルとは、必需品(に近いもの)でした・・。

また、それと関連することとして、彼の地の(特に夏季における)火山灰が飛散、浮遊する状況により生じる一種独特な大気の環境とは、大気を媒質であると考えた場合、他のそうでない環境と比べた場合、より強い(場の)空気の凝集性を生じさせるのではないかとも考えられますがさて、如何でしょうか・・?

そしてそうした自然環境が、戦国、幕末およびその後において(主にその団結力の強さにより)武勇、精強さを誇った島津兵、薩摩藩の物理的な意味での(まさしく微細な!)礎の一つとなったのではないかとも考えさせられます・・。

そしてまた同時にそうした環境とは、鹿児島の女性(薩摩おごじょ)達の(女性特有の)感受性に対しても少なからぬ影響を与えているのではないかとも考えさせられます・・。

こうしたことは、鹿児島在住時には、特にあらためて言語化して考えてみることがありませんでしたが、現在、彼の地から離れ、且つこうした気温が高い日になりますと、不思議なことに、そうしたことが自然と思い起こされ、そして現在それを題材として文章を記している次第です・・(笑)。

そのように考えてみますと、当然ではあるのかもしれませんが、我々人間一般とは、畢竟、自然の所産、産物であり、そこからの影響を受けつつ何かしらものごとを考えている(考えさせられている)のではないでしょうか・・?

その意味において、日常的な桜島の噴火および降灰が存在する一種独特、特徴的な大気(媒質)の環境を持つ鹿児島とは、やはり、その風土においてもまた、良い悪いといった価値判断を抜きに一種独特、特徴的な「何か」があるのではないかと考えさせられます・・。

また、最後に蛇足となりますが、野上彌生子の「迷路」内においても幾度か記されていたことでもありますが、鹿児島人によく見られるパッチリとした瞳とは、さきに記した桜島の噴火および降灰による自然環境とは、どうも相矛盾するのではないかと思われます。

そうしますと、これ(鹿児島人によく見られるパッチリした瞳)とは、自然環境(桜島の噴火および降灰)以外の、この地の人々特有の種族的な特徴ではないかと考えられますが、私見としましては、どうもそれだけではないような感じを受けます・・。

ここから先はまだ上手く言語化できませんが、機会がありましたら、また考えてみたいと思います。

今回もここまで興味を持って読んで頂いてどうもありがとうございます。

そして今回の記事題材の北隣の熊本において、さる四月に発生した大地震によって被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」

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最近不図思ったこと・・

A「作成したブログ記事が300記事に近づいてきましたが、その閲覧者数においては特に大きな変動は認められず、概ね1日300~500人となっております。

最近は特に新しい書籍を読むこともなく、これまでに何度か抜粋引用した加藤周一著の「日本文学史序説」そして野上彌生子著の「迷路」を再度読み返しております。

そして、そうした状態がしばらく続き、また何か新しい著作、書籍が読みたくなるのではないかと思います。

今度は以前少し書きました山田風太郎著の「昭和前期の青春」を読んでみたいと考えておりますが、さて、どうなることでしょうか・・。

また、つい先日、銅鐸のことを少し記しましたが、かつて銅鐸、弥生時代関連の書籍を集中的に読んでいた大学院修士課程の頃、同じく谷川健一著の「青銅の神の足跡」を何度も読み返していたことを想起しました。

谷川健一著作は、これまでのブログ記事においても何度か抜粋引用させて頂きましたが、現在読んでみても、大変興味深く読むことが出来ます。
そして、その著作「魔の系譜」とは、我々日本人の精神の深層をかなり鋭く、深く抉っているのではないかと思われます・・。

私見としては、この著作とは、現在の我が国であるからこそ真剣に読むに価するのではないかと考えます。

ちなみに谷川健一熊本県南部の水俣市の御出身です。
そして、それにつられて想起したことは、以前ブログにて記しました同志社大学の森浩一とは、たしか大阪府の御出身であるのですが、さらにその先の出自とは大分県であると氏がその著作内にて記していたことです。

このように考えてみますと、案外と私は九州御出身、出自を持つ研究者、著述家を無意識ながら好んで読むような傾向があるのかもしれません・・(笑)。

また、九州といえば、私は金関丈夫を想起しますが、この方の著作はその記されている内容の背景にある広大な分野に渡る、膨大な学識、見識に感動すら覚えます・・(笑)。

今後我が国には、こうした研究者は出てこないのでしょうか?
また、それで思い出しましたが、現在話題となっている三重県の「三重」の語源とは、日本武尊の東征からの帰路、伊吹山周辺にて遭難し、足が腫れ上がり「我が足、三重に曲がりなして、いたく疲れたり」といった記紀(たぶん「古事記」のみであると思われますが・・)の伝説、記述より由来していると知ったのは、たしか金関丈夫氏の著作からではなかったかと思います・・。

また一方、谷川健一は、この記述された「足が腫れ上がった」という状態、症状から、これを当時伊吹山麓に在住していた精銅、水銀、鉛(中央構造線のあたりには何故だか水銀(丹)を産出する場所が多い)を扱うことを生業とする人々が排出する有毒ガスに因るものではないかと考察していたことを記憶しております。
これもまた、かなり実証的且つ、いかにも神話的であり大変興味深い説であると思います。

そして、金関丈夫の視点は谷川健一と若干異なり、ギリシャ神話のオイディプス(ギリシャ語にて「腫れ足」の意)のハナシと関連付けて考察されておりましたが、これもまた大変興味深い説であると思います。

また、こうした東西の様々な神話を関連付けて考察するような傾向とは、南方熊楠あるいはイギリスのロバート・グレイヴスにも同様に見受けられるのではないかと思われます。

さらにここまで記していて不図、大学院博士課程在籍当時に伺った、お師匠が若い時分、スーパーカブにて吹雪の中、伊吹峠を命からがら走破したという上記の神話に近い武勇伝を想起しました・・。

ともあれ、今回のブログ記事はこのあたりで一度区切らせていただきます。
ここまで興味深く読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。」

そして、先月の熊本の大地震にて被災された地域における諸生活インフラの出来るだけ早期の復旧そして、そこからの復興を祈念します。

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「慣れ」およびいくつかの思想について・・

A「本日も若干帰宅が遅くなりました。
また最近は電車通勤にも以前に比べ慣れてきたのではないかと思います・・。

これは自慢できるようなことではありませんが、それでも少し前までは「これからまた電車通勤などできるのであろうか・・?」と半ば本気で考えておりました(笑)。
慣れというのはスゴイものです・・。

また、慣れといえば、私にとっては現在継続し作成しているこのブログも一面において「慣れ」の産物です・・(笑)。

そういえば、昨年の今頃は300記事どころか100記事も書けるかどうかで四苦八苦しており、また、その文体も現在に比べ、何といいますか、頑なであり、同時に敢えて硬質な文体を以って書くことに対し、よくわからない美学のようなものを持っていたようです・・(苦笑)。

また、硬質な文体といえば、理系の論文などがその一つの典型ではないかと思われますが、この文体を用いて文章を書きますと簡潔明瞭ではあるのですが、その反面、文章を書く際に生じる創造性あるいは偶然の思い付きなどの芽を摘んでしまうような傾向もまた、あるのではないかと思います・・。

それ故、たとえ硬質な文章を書く際においても、まずはじめに散文的な形式にて概ね主題に沿った内容の文章を(ダラダラと)書き、そして後にそれに対し重複箇所を削除、修正したり、精確を期するよう表現に改めてゆくといったような方法を用いることにより、それらしきものは書けるのではないかと思いますが、これは不真面目な意見であるかもしれません・・(笑)。

とはいえ、一方において散文的なものには散文的なものの良さといったものもまた存在すると思います・・。

その昔、ある著述家が「小説とは一つの哲学(観念の体系)を物語形式で述べたものである。」といった意味のことを書いておりましたが、私はこの意見は間違っていないと考えます。

もっとも聖書などはどちらとも(物語、哲学書)とらえることが出来、また、それと類似した形式にて書かれたニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」なども同様(どちらともとらえることができる)であるのではないかと思います。

そういえば、ゲーテがキリストのことを「当初キリストは政治的革命を試みたが後にそれは道徳的なものとなった。」といった箴言を述べておりましたが、そのことは少し前に製作されたキリストの後半生を描いた「最後の誘惑」という映画の内容にも共通しているのではないかと思います。

また「当初キリストは政治的革命を試みたが後にそれは道徳的なものとなった。」に関しては、孔子儒教についても同様の傾向がある(あった)のではないかと思います。
とはいえ、双方の当時の覇権に対する挑戦といったある種の主体性の強さにおいては相異があるとは思いますが、これは東西文化の違いなのでしょうか・・?

さて、ハナシをもと(とはいえ、果たしてどこが「もと」なのだろうか(笑)?)に戻し、聖書と類似した形式にて記されたニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」に関しては、その後マックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」などといった論文、学術書に精製、昇華されたのではないかとも思えます。

あるいはホセ・オルテガ・イ・ガゼットの「大衆の反逆」においても、それは同様あるいは類似した関係が「ツァラトゥストラかく語りき」との間にあるのではないかと考えられます。

さらに、それ(ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」をはじめとする一連の思想)はバタイユの思想とも強い関連性があり、またバタイユの思想に関しては、三島由紀夫の特に後期の思想に対して強い影響を与えたのではないかといわれております・・。

また、その三島由紀夫は1960年代の我が国において「このままでは日本は日本でなくなり、その代わり無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るであろう・・」といったことを述べておりました。
そして、必然か偶然かこれはマックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の最終章において述べられている「精神のない専門人、心情のない享楽人、この無のものは・・」へとつながるのではないかと思います・・。
加えて、私がこれまでのブログにて幾度かその文章を抜粋引用させていただいた「ビルマの竪琴」にて有名な竹山道雄とは、ニーチェ著作の翻訳においても知られております。

さきの九州・熊本での大地震にて被災された地域の今後の早期の復旧そして復興を祈念しております。
また、ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。」

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文体の獲得の認識について・・

A「本日も帰宅が遅くなってしまい、また生憎の空模様であったため「今日はすぐに休んでしまおうかな・・」と不図思いましたが、それでもとりあえず何かしらは書いてみようと思い、今現在日を越えて昨日のブログ記事の作成に取り掛かっております・・。

そういえば、かつて読んだ中井久夫著作の中で
「人は自身の文体を得る時は、はっきりとその瞬間を認識、自覚するものである。」と記しておりました。

そうしますと「今現在の私とは果たして自身の文体なるものを獲得しているのであろうか?」と否応なく自問自答することになるのですが、これは今現在よくわかりません・・。
かつて一時期(2012~2013頃)よくコトバ、文章が出てくる、湧いてくる時期(D2病)があり、そこからスランプといっても良い、私としては心身共に大変に辛い状態を経て、今現在に至っていることは分かるのですが、では、私はその何れかの時期において自身の文体なるものを獲得したのであるかとは、自身ではなかなか自覚、認識し難いのではないかと思います・・。
あるいは私は相当鈍いのかもしれません・・(苦笑)。

とはいえ、今現在に至るまでどうにかブログ記事といった形ではありますが、文章を書き続けることが出来ているという現状とは、昨年の今頃の時期から比べますと大した進化ではないかと思いますし、また、そのように考えておかないと、精神衛生上良くないと思います・・(苦笑)。
しかし、それと同時に今後私の書く文章とは現在よりももっと分かりやすい、明晰なものとなるのでしょうか・・?

そういえば、昨年春に関西某所にて行われた勉強会に出席、発表した私に周囲の方々は「おそらく最近のAさんは理系の文章ばかり読んでいるのではないか?」といった意味のことをいわれました。

たしかに当時はそうでありましたが、同時にその時はこのような形で文章を書くことが大変困難であり、そこで用いたレジュメとは2~3行程度の短文を行を空け書き連ねているような感じでした。
当時書いたレジュメがデータとして残っていれば良かったのですが、残念ながら今現在手元にありません・・。
もしそれが残っていたらブログの1日分の投稿記事にはなっていたかもしれませんので・・。
大変残念です(笑)。

しかし、そこまで書いていて不図思い出したのは、かつて記していた日記です。

この日記に関してはつい先日ブログ記事にて少し取り上げましたが、中には大変イタイことも(多く)記されており、現在それを読んでみますと自身のことながら大変恥ずかしいです・・(苦笑)。
とはいえ、今後またブログ記事作成が難航しそうな時は、そこから記事の題材を見つけてみるのは悪くないアイデアであると思います。

また、同時に荷物箱の奥には和歌山在住時の日記も残っていると思われますので、今後如上の様な状態となりましたら、こちらもまた活用してみたく思います。

とはいうものの、今現在においても私には文体の獲得ということがイマイチよくわかりません。
今後書き続けてゆくことにより、少しは分かってくるものなのでしょうか?

ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
また2カ月前の九州、熊本での大地震で被災された地域の諸インフラの復旧、それに連なる復興を祈念しております。」

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凝集性の強さ?

A「本日の首都圏は幾分風が強く、また気温も特に日が沈んだ後は寒く感じました。

さて、昨日投稿したブログ記事の主題であった「我が国に移入された異文化由来の事物が、我が国にて定着する過程において、大きくその原型から変質していく」ということは、宗教といった極めて観念的なものであるほど、それが明瞭に認識されるのかもしれません・・。

そして、そのように考えてみますと16世紀に我が国にもたらされたキリスト教とは、一時的にその信徒数が数十万人に達したとのことですが、それが幾つかに渡る覇権者達による弾圧、迫害により、幾度かの叛乱を経て17世紀前半あたりまでには、ほぼいなくなっていたとのことです・・。

また、この時代を描いた小説として遠藤周作著「沈黙」が挙げられますが、この小説の最終部に近いところで、棄教したかつての神父の独白する内容が大変興味深く、また、それは以前にブログ記事にて記しましたが、その内容とは「日本にはキリスト教であ何であれ、それが齎されたオリジナルのカタチにて受容、定着することはない。そうしたもの全てをこの国の土地、空気、精神風土が溶かしていき、何か全く別のものにしてしまうのだ・・。」というものです。

これはおそらく我が国だけに当て嵌まるような現象ではないと考えますが、一方において我が国における、さきに述べたような特質、傾向とは、おそらく相対的に見てかなり強いのではないかと思われます・・。

そして、こうした特質、傾向を有していたが故に明治維新という突貫工事による近代化も、どうにか行うことが出来たのではないかと思います・・(これはたしかに一つの優秀さではあると思いますが・・)。

しかし、突貫工事とは、あくまでも突貫工事であり、歴史規模での経時的、自然発生的な要素などをあまり考慮する余裕?がなかったのではないかとも思われのです・・。

とはいえ、こうしたことは明治期から既に認識されており、夏目漱石の思想の主要な核の一つとして、さきに述べたようなことを基調とした諦念に近いものがあったのではないかと考えます・・。

それに加え、その弟子である芥川龍之介が徐徐に社会全般の軍事色が強くなりつつあり、また四年後に満州事変を控えた昭和二年に、かねてより抱いていた厭世的な思想により、自らの命を絶ったという夏目漱石から芥川龍之介に至るまでの一連の系譜とは、多少単純化過剰の気味はありますが、明治以降の我が国における一つの文学および社会思想の系譜とも見ることが出来るのではないでしょうか・・?

とはいえ、こうした明治以降のどちらかという陰鬱な思想の系譜が、多くの犠牲者を出した太平洋戦争の敗戦によってリセットされることはないものと考えます・・。

それは現在もなお、我々が忘れようと、嗤おうと、いつまでも我々の社会の背後に存在しているのではないかと思われるのです・・それを明晰に認識するまで・・。

そして、ここまで記していて、不図思い起こしたのは偶然にも夏目漱石の短編集「夢十夜」の「第三夜」です。

興味のある方は是非お読みください。

あるいは朗読の動画もあるようです・・。

ともあれ、今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月の熊本での大地震により被災された地域、昨今の山陰東部の大地震により同じく被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧、そしてその後の復興に加え、先日の博多駅前の道路陥没事故の復旧を祈念しております。」

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本日発生した地震から思ったこと・・歴史の価値とは・・

A「本日早朝に福島周辺を中心として再度、大規模な地震が発生したとのことでした・・。

今年に入り熊本、山陰東部、そして今回の福島周辺と大規模な地震が幾度も発生しておりますが、これで打ち止めとなって欲しいものです・・。

そして上記一連の大地震にて被災された地域の早期の復旧および復興を祈念します。

また、それと多少関連するかもしれませんが、そこから思い起こされたことは、昭和18年から4年連続(鳥取三河、南海×2)にて発生した一連の大地震のことです・・。

こうした大地震とは、我が国において、ある程度周期的に発生しているとのことですが、今回の一連の大地震および2011年3月11日に発生した東日本大震災とは、さきに記した昭和18年からの一連の大地震と周期的に何かしら関連があるのものか分かりませんが、何れにしても現在の情勢とは、これら地震以外においても不安感を惹起・助長する要素が散見されるものと考えます・・。

また、そのように考えてみますと、どうもその「周期」というものに対し興味をおぼえるのです・・。

私もこれまでのブログ記事にて歴史ネタを記す際に「こうした出来事とは周期的に生じているのではないか?」といったことを幾度か述べてきましたが、これは特に理系学問分野で使われる厳密な意味での「周期」といったものではなく、どちらかというと、記した内容の理解を促進させるための便宜的な語の選択であり、歴史とは、その本質において「周期」(循環して生じる現象の繰り返し)といったものはなく、あるいは歴史学とは、繰り返し反復されない出来事、現象を科学的に取り扱う学問であるともいえます・・。

また、それに加え思うことは、たとえ歴史が周期的にある出来事、現象が循環して生じるものであったとしても、それを我々が認識、概念化することにより、それ(広く概念化された歴史)が予防接種、ワクチンの様な役割を果たし、未来に生じる出来事、現象を改変することが出来ているのではないかということです・・。

そして、学問としての、いや認識される歴史の一つの大きな価値とは、そうしたところに存するのではなかろうかと思われます・・。

とはいえ、一方において、こうした認識される歴史の価値とは、世界的に見て「地域性」らしきものがあり、我が国のように四季がある程度明瞭に巡り(循環し)、また大地震が周期的に生じるような自然風土の環境においては、自然環境からの影響による周期的な循環を打破・分解するような概念化された歴史観は成立し難く、むしろ、そうした自然環境に慣れることにより、ある意味逆転した意味にて、そうした自然環境を馴致したという認識を得るに至るのではないかと思われます・・。

そして、こうした考えが以前もブログ記事にて記した和辻哲郎著「風土」における我が国をも包括する「モンスーン型文化風土」であり、また、それと同時にそれはベン図において、大きな重複部を中尾佐助の生活文化分類における「照葉樹林文化」と持つのではないかと思われます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

そして、繰り返すようではありますが、これまでに生じた大地震(熊本・山陰東部・福島)により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」

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作家、著述家と地域性

A「1日ブログ記事投稿を休んだからといって、特に書きたいことが増えるわけでもないことがわかりました・・(苦笑)。
また、それは本日に関しても同様です。

しかしながら、ここでもう1日休んで記事の投稿を止めておくと、今度はそれがクセになってしまうのではないかという危惧により、本日は記事作成を開始した次第です・・(苦笑)。

こうした動機とは、見方によれば、あまり良いものではない(不純)のかもしれませんが、実際のところ、こうした動機により(少なくとも部分的には)これまでの継続的な記事作成は為されたといっても良いと思われます・・(苦笑)。

そのように考えてみますと、何かを為すにおいて能動性が大事であるとはいいながら、付加的なものとして、こうした外圧的な心理的効果といったものも有用でないといい切れないところが、我々の心の甚だ面白いところではないかと思われます・・(笑)。

そういえば、最近は作家の山田風太郎著作を読んでおりますが、その文体から感じられる著者の人柄とは、もしかすると、水木しげるに類似している部分が(少なからず)あるのではないかと思われます・・。
これを読まれている方々はどのようにお考えになりますでしょうか?

そして、この意見がある程度の普遍性を持っていると認められますと、改めて地域性といった議題を提示すことが出来るのではないかと思われます・・(笑)。

そしてまた、そのように記しますと、以前のブログ記事にて「近代以降の我が国の作家で東京都(特に都心部)出身で長編を多く著した作家、著述家は少ないのではないか?」といった意味のことを記しましたが、その考えと同じ地平に立ち、先ほどの山田風太郎水木しげるの類似性(それが認められるのであれば)を考えてみますと、同様に、その他(の(地域、地方)においても何かしらの仮説、試案などが出てくるのではないかとも思われます・・。

そして、(そうであれば)それもまた、我が国における面白い地域性の学び方の一つとなる可能性があるのではないかと思われます。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」


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スランプとパンチの効いた警世的なるもの・・・

A「先日よりどうもブログ記事の良い着想が思い浮かびません・・。

これは現在、季節の変わり目であるからか、あるいは先日赴いた公募の面接がダメであり、それにより何となく萎縮してしまったからであるか、あるいはまた、その他にも何か要因があるのかもしれませんが、ともかく、どうも良いブログ記事の着想がパッと思い浮かびません・・(苦笑)。

そして現在はそうした思いを文章として記せば、それはそれで、とりあえずは記事になるのではないかと考え、これを記している次第です・・。

そういえば、本日は仕事上にて伺ったある歯科医院にて、古くか続いている某歯科大学の付属歯科衛生士専門学校が、このたび短期大学として認可されたということをお聞きしました。

そして、さきほど、このことをインターネットにて調べてみたところ、それは既に公式なことであると記されていたため、ブログ記事の題材として記している次第です。

また、そういえば、先日記したブログ記事において、歯科衛生士の教育に関して記したものがありましたため、これもまた何となく面白く感じました・・(笑)。

あるいは本日伺った歯科医院の先生は、このかつて投稿した記事を読んで頂いていたのかもしれません・・(笑)。

しかし、そのように考えてみますと、こうしたことは私が思う以上に多くあるのかもしれません・・。

そして、単に私がそうしたことを認識していないだけであるのかもしれません・・(苦笑)。

しかしながら、ブログ記事を記し、その一方で日常生活にて、そうしたことを気にし出しますと、ますます自意識過剰となり、そして、さらにその後反転し、萎縮してしまい、自由にブログ記事を記すことが困難になってしまうのではないかという危惧が生じてきます・・(笑)。

また、それがなくとも、さきに記したように今現在どうもブログ記事作成においてスランプに近い状態であると思われますので、こうしたことは出来る限り考えない方が良いのかもしれません・・(笑)。

そして、そのようなことを認識してみますと、案外こうした公開を前提とする継続的なブログ記事の作成とは、高所における綱渡りに近いようなところがあるのかもしれません・・(苦笑)。
フリードリヒ・ニーチェ著「ツァラトゥストラかく語りき」冒頭近く・・)

渡る場所を単に横幅が狭い場所での移動(前進)であると考えれば、特に恐怖も湧かないのかもしれませんが、それが高所であると認識することにより恐怖が湧いてくるといったような感じではないでしょうか・・(笑)?

そして、もし少なからずこうした(感情的な)要素がこれまでのブログ記事作成において良い方に作用してきたのであれば、少なくとも今現在までは、ブログ記事を書き続けるといった意味においては、どうにか上手くやってこれたのではないかと思われます・・(笑)。

そして、願わくは、今後しばらく(500記事程度迄)は、そうした状態(特に大きな反応がない)が続いてくれた方がありがたいと思います・・。

とはいえ、感情的な非難、批判、言いがかりとは、どのようなことをきっかけとしてでも、行うことは出来ると思われ、また、それに加え、おそらく私はそうしたことに対し強い耐性があるというわけではありませんので、繰り返すようではありますが、これまで通り、どちらかというと静かに見守って頂けた方がありがたいです。

これを読まれている皆様、どうぞよろしくお願いいたします・・。

さて、そうしたことを置いておいて、先日来より読んでおりました山田風太郎著「戦中派虫けら日記」を読了しました。

この著作は読了に至るまで大変短い期間であり、おそらく一週間程度であったのではないかと思われます・・。

また、この著作からも大変面白いと思われる記述が少なからずありましたので、今後、折を見て、それら記述を当ブログにて抜粋引用してみようと考えております・・。

そして、私見とはなりますが、ここ最近少なからず警世的な意味合い、あるいはそうした目的、意図を持った著作が刊行されているようですが、それらの著作と比べ、古書店にて(安価で程度の良いものが)購入することが出来る、山田風太郎著のこの時代(戦中戦後期)を扱った著作、あるいは、大岡昇平著の「俘虜記」、野上彌生子著「迷路」、大西巨人著「神聖喜劇」、そして山本七平著「私のなかの日本軍」などの方が、案外と普遍性のある、そしてパンチの効いた「警世的」なるものを明示してくれるのではないかと思われますが、さて如何でしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域の諸インフラの出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」

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気候風土と地域文化について・・

A「本日も若干帰宅がおそくなり、今現在、日をまたぐ少し前にブログ記事の作成をはじめました。

ここ最近は気温も徐々に上がってきておりますが、本日は雨模様の天気にて気温はあまり上がりませんでした。

また、この時期になりますと、何故だか九州でのことを思い出します・・。
あちらの気温は北部の福岡などの場合、首都圏とあまり変わらないことも多いのですが、それだけではない、何か地域的な風土もまた、その体感的な過ごし易さに影響を与えているのではないかと思われます・・・。

また、それは南の鹿児島においても同様ではあるのですが、鹿児島までいきますと、明らかに平均的な気温も首都圏などより高かったと記憶しております。

そして、こうした各々平均気温などに地域固有の気候風土などが加味されますと、おそらく、そこで生息することが可能な細菌の種類などにも影響を与えるのではないかと思います。

それ故、科学的なバイオ技術が進化発展する以前の時代においては、そうした地域性、風土とは、醸造、蒸留技術などに対しても強い影響力を持っていたのではないかと思われます。

そして、そうしたことから特に南九州地域において有名な「焼酎」も生み出されたのではないでしょうか?

また、先日来から当ブログ記事にて幾度か取り上げている野上彌生子著の「迷路」の設定においても主人公の実家家業が醸造業となっており、度々作中にて取り上げられるその描写には、なかなか興味深いものがあります・・。

また、この野上彌生子の例も含め、我が国においては醸造業を営んでいる家の多くが文化人、芸術家そしてまた地域文化における指導者、政治家などを生み出してきているということは、なかなか興味深いことではないかと思われますが如何でしょうか?

しかしまた、こうした現象?を唯物論的あるいは構造主義的に考えてみますと、それはそれでなかなかキレイに論理的な説明が為されないこともないのですが、その一方において「では、果たして全てが全て、そうした論理にて片付けることが出来るのであろうか?」とも考えさせられるのです・・。

こうしたことを一例として考えてみますと、ナマの現象を論理にて切り分けてゆく難しさが示されるのではないかと思います・・(笑)。

そしてまたさらに、さきに示した現象と特に近代以降の我が国において盛んに研究が為されている細菌、微生物、バイオ系の学問との間には何かしら関係性、親和性があるのではないかとも考えさせられるのです・・。

現在、我が国(特に都市部)において殺菌、滅菌といったことが盛んに取り上げられているようですが、こうした傾向が行き過ぎると、もしかすると、古来よりの我が国の風土、特性といったものをも損なう可能性もまたあるのではないかと考えさせられます・・。

しかしながら、一方において、殺菌、滅菌などを含めた公衆衛生観念の向上が様々な病気による死亡率あるいは乳幼児、高齢者の死亡率をも低下させたともいえるのですが・・。

それ故、こうした問題とは、なかなか白黒つけることが難しいものであるのかもしれません・・。

また、ハナシは変わりますが、先日来よりのブログ記事の閲覧状況を見てみますと、そこからまたよく読んでくださっている方(方々)がいらっしゃるのではないかと考えさせられます・・。

何れにしましても興味を持って読んでくださっている方々のお蔭でここまで書き続けることができております。
ここまで興味を持って読んでくださってどうもありがとうございます。

また、去る九州・熊本での大地震によって被災を受けられた地域における諸インフラの復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」

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300記事到達・・

A「今回作成投稿する記事が丁度300記事ということになります。
ブログ記事の作成を始めたのが昨年6月であるため、概ね1年程度で300記事に到達したということになります。

そうしますと、大体5日のうち4日程度の割合にて記事を作成投稿してきたことになります。

また、上記程度の割合にて文章を作成してきたことは、これまでの私の人生においてありませんでした。

その意味において今回300回目のブログ記事を更新できることはなかなか嬉しく思います。

しかし傍から見ますと「随分地味なコトで嬉しく思うものだ。」と感じる方々もおられるのではないかと思われます・・(苦笑)。

とはいえ、私はこれまでにある程度、自身が従事した専門分野における書籍を読んできたものと考えております。

また、それ以上にそれら専門分野とは直接的には関連のない様々な分野の書籍をも読んできたものと考えております。

そして、それらは自身にとってインプットといっていいものであると認識しております。

このインプットとは咀嚼・消化し更に表出(アウトプット)することにより強く自身のものとして定着するのではないかと最近思います。

そして、それらのインプットの組み合わせ、そして表出(アウトプット)の傾向などがヒト一人の様々な意味での精神的傾向、性格などを特徴付ける大きな要因となるのではないでしょうか?

また「教養」といったものも、そうした過程により徐々に獲得されてゆくのではないかと思われますが如何でしょうか?

一般的に書籍などを読まなくとも生きていく上においては大きな支障はなく、むしろ、そういったものは生きてゆく上においては何も意味がないだけでなく、むしろ邪魔なものであるといった考えも、表には出しませんが、根強く社会全般において共有されているのではないかと思いますが如何でしょうか?

それ故、最近「反知性的」というコトバをよく聞きますが、こうした考えは今現在「だけ」特にそうした傾向が認められるものではなく、昔から遍く存在しており、むしろ、それがあまりにも一般的であるために、これまでに「反知性的」というコトバが社会批判的な文脈にて用いられてこなかったのではないかと思われます・・。

そしてそれはまた、我が国における極めて強い現世的、此岸的な傾向とも強い関連性があるのではないかと考えさせられますが如何でしょうか?
また、こうした傾向とは、おそらく我が国について実地に研究し、生活をした経験を持つ者であるならば、概ね認識しているのではないかとも最近よく考えさせられます(具体例としてSTAP細胞、現象の事件の発生、経緯、顛末に至るまで・・)がこれを読んで頂いている皆様はどのようにお考えになるでしょうか?

さらに加えて、こうしたことは19世紀的あるいはそれ以前の過去の概念として認識されがちな「アジア的停滞」とも何かしら関連があるのではないかと考えさせられます・・。」

ここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。また、先月の九州、熊本における大地震にて被災された地域のより早期の復旧そして復興を祈念いたします。

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