鶴木次郎のブログ はてなブログver

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戦車について・・

A「どうも、久しぶり。」

B「うん、最近何か面白い本とか映画はあったかい。」

A「そうだねブラッド・ピットの出てる戦車の映画が面白かったね。」

B「ああM-4シャーマンとティーゲルの戦う映画でしょ。」

A「そう、あれは今まで見た戦車映画の中でかなりリアルだったと思うよ。」

B「戦車の出て来る映画で感心したのは「プライベート・ライアン」かな・・。」

A「あれも確かティーゲルが出ていたね。」

B「そうだね。そういえば太平洋戦争を舞台にして日本の戦車が出て来るリアルな作りの映画ってあまりないよね・・。」

A「うん、そういわれると、あまりないね。そういえば、旧軍の戦車って云えば昔、靖国神社内の遊就館の向かいに九七式戦車が置いてあったね。」

B「ああ、あった。思い出したよ。あれは確か南方迷彩の塗装がしてあったね。」

A「今は多分館内に展示されているんじゃないかな・・。」

B「太平洋戦争で戦車って云えば、司馬遼太郎は確か戦時中学徒出陣で戦車隊にいたらしいよ、確か「歴史と視点」に書いてあったし、あと山本七平の「私の中の日本軍」の中で司馬遼太郎との対談でもそういっていたよ。それで旧軍の戦車をこきおろしていたよ。」

A「まあ映画とかで見るM-4シャーマンやT-34を相手に九七式戦車に乗って実際戦うってなったらそういう心境にもなるだろうね・・。」

B「うん、それはちょっと想像しただけでも憂鬱になってくるね・・だから実際それを体験した人とすれば仕方ないと思うな・・。」

A「そういえば、昔はよくプラモデルとかで戦車を作ったけれども、不思議と買うのはドイツ軍とかアメリカ軍の戦車だったね・・。」

B「まあ種類も多かったしね、あと、あっちの戦車は子供心にも単純に「かっこいい!」って思える何かがあるんだろうね・・。多分、大人になって外車に憧れる心境と似たようなものがあるのじゃないかな・・。」

A「ああ、そうかもしれないね、それに実際ティーゲルなどのドイツ戦車はポルシェやらマイバッハのエンジンを積んでいたらしいからね。で、あの頃日本軍の戦車のプラモデルって実際はあったのかな?」

B「多分あったとは思うよ、八九式は分からないけど、例の九七式戦車はあったんじゃないかな・・・。」

A「それで今思うと、八九式戦車なんかは実にあの当時の日本らしいなあってつくづく思うよ。だから武器、兵器なんかの工業製品にも、その時代のその国らしさってのが如実に顕れるんじゃないかなって思うよ。まあ後知恵かもしれないけれどもね。」

B「いや、確か似たようなことはジンメルがどこかで書いていたよ。それに芸術のゴシックとかバロックとかの様式分類だってそういう何ていうか、ある時代区分の様々な工芸品などの形状に顕れた特徴の最大公約数的なものに対する名称でしょう。だとしたら、それは特におかしな意見じゃないと思うよ。」

A「ふーん、そんなものかね、でもバロックに関しては音楽もあるけれど、ああいうのは形状がないけれど、どうやって分類したんだろうね・・?」

B「うーん、細かいことはよくわからないけれども、同時代の工芸作品と共通する何かがあるんだろうね多分、でも確かにヘンデルとかバッハあとコレリとか聞いていると、似ている部分、共通する何かはあると思うよ。上手く言葉で表現できないけれども・・。」

A「ああいうのはある程度時間が経ってその時代に作られた様々なものを見た時にはじめて何となく分かるんだろうね・・今から見た日本の80年代、90年代の文化なんかもそういう感じだよね。」

B「まあ、「おにゃん子クラブ」と「AKB48」とかを比較したら形式、パッケージは似ているから、各々の時代精神の比較とかでは面白いかもしれないね・・まあ大変そうでやろうとは思わないけれども・・しかし、多分そういうのはもう既に本になっていると思うよ。」

A「それで思い出したけれども、最近秋葉原を歩いていて少女マンガのキャラクターみたいなのが、戦車に乗って戦うのとか、足にエンジン付けて空戦するのとか、軍艦を擬人化した様なアニメがあったけれど、ああいうのはどういう好みなんだろうね・・。とにかく現代日本アニメ文化の特徴じゃないかな。」

B「よくわからないけれども、外国ではそういうのはあまりないんじゃないかな・・。ともかく、それら作品の多くは日本のアニメ好きの若者が少女に対するイメージとか願望を作品、作品の登場人物に託したものなんじゃないかな・・。」

A「うん、そしてそれらも最近よく聞く「女性の輝く社会」とか「なでしこジャパン」の活躍などの取り上げ方、その報道の仕方を見て、これらを大枠に捉えると、似たようなもの、傾向があるのかもしれないね・・。」

B「ああ、それは面白い視点だね。あと思うのは、「AKB48」とかの歌詞とかはさっきの一連のアニメのファン層を含めた男性側の女性の取り上げ方、傾向に向けたものなんじゃないかなとも思えることがあるよ。そうすると、それが形を変えた古来からの日本文化の「歌垣」に通じるんじゃないかな・・なんて思えるよ・・。」

A「ははあ、しかし確かに古い文化かもしれないけれど「歌垣」は必ずしも日本起源ではないらしいけれどね・・。それでもその見方は面白いね。ただ、それも既に本になっているかもしれないね。民俗学は一般的に昔の文化、習俗を研究するものって思われているけれども、こういうのも民俗学的な見方の一つだろうね。」

B「うん、あと特に日本は流行の文物への凝集力は強いからね、出版文化でもストック、フローとかの言葉を使ってそういった現象を説明していたのがあったよ・・。」

A「古典とかの古くからのものがストックで流行の事象のことを書いたのがフローってことかな?」

B「そう、フローに関しての流行が生じると一気に関連したものが増える。これは同時代刊行の新書のトピックを分類するとわかるんじゃないかな。あと、一方でストックとされる古典とかがフローになることもあるし、日本ではそういうのが周期的に起きていると思うよ。実際、古典とかの文学全集が装丁を変えて出るのが日本では20年周期ぐらいであるらしいからね、まあ、こういうのは古本屋に行ったら分かるんじゃないかな。」

A「あと、海外の作品だったら、翻訳を変えて再版されるというのも最近聞いたことがあるよ。それで実際昔に較べて読み易いっていうから、内容が原書に忠実であればそれはそれで意味があるのだろうね。」

B「うん、そうだけれど、これは昔の銅鐸とかを見ていても似たようなことが云えてね、最古段階のものは直接的起源、オリジナルとほとんど同じなんだけれど、技術が進化して、さらにその文化的な好みが加味されて段々とある地方独特あるいは日本独特の特徴を持ったものになって行くんだ。そして、それがある程度進むと後の時代になって、これはこの国のこの地方のある時代に作られたものだって、大体分かる様になるんだ。これは古墳でもそうだね、しかしあの前方後円墳の形はその祖形、起源がどこにあるか正確には分かっていないらしいけれどね・・。あと、さっき出た明治以降の兵器、武器を主とした工業製品でもそうだよね、そうすると、さっき云った太平洋戦争中の戦車に関しても、もう少し強く云えるかもしれないね。」


司馬遼太郎の遺産 歴史からの視線