鶴木次郎のブログ はてなブログver

主にBlogger での同名ブログのコピペにて作成しております。

一芸に達するものは六芸に通じる・・?

A「どうも先日の風邪の影響からか、ここ最近思想系の書籍を読むのが億劫になってきました・・。
これはもしかしたら季節の変化などと関係あるのかもしれません(笑)。
また、そのように考えてみますと、これまでにもそうしたことは何度も起きていたのかもしれません・・。
そして、その結果として、あるいはそのようにして、私は様々な時代、地域の歴史等そして歯科系の学問をしてきたのかもしれません・・(苦笑)。
また、そこから考えてみますと、ある一つの学問分野をある程度勉強して何かしら体系らしきものを理解、体得すると、それは他の学問分野においても応用を利かすことが出来るようになるのではないかと思います。
その意味において、私などはおそらくまだまだ未熟であると思いますが、それでも興味を持ち続けることが出来る学問分野がいくつかあるということは、まあ、あながち悪いことではないのではないかと思います。
それに加えて、人間とは自然なかたちで学問などを続けておりますと、大体そのような感じになるのではないでしょうか・・?」


B「・・まあ、私も自身の表看板の専門分野とは別にそういったものがありますので、今のAさんの意見はよくわかります・・。
また、たしか昔の中国の諺で「一芸に達するものは六芸に通じる」などともいいますので、とりあえず何か自身の専門といえる分野について、その体系を理解、把握すると、それは他のことにも応用できるようになるのではないかと思います。」

A「はあ、そんな諺があるのですね・・。
しかし現在の我々の社会とは、どちらかというと、そうした個人の技能、社会的役割を一つに集約したがっているのではないかと思うことがあります・・。
また、その六芸に通じた人物として、私はレオナルド・ダ・ヴィンチ平賀源内南方熊楠金関丈夫などを想起します。
そのなかで、特に南方熊楠に関しては南紀、和歌山在住時に何度か田辺市内にある菩提寺に墓参したことがあります・・。
ちなみに、この同じ寺のすぐ近くの場所に、合気道の創始者である植芝盛平のお墓があることには少し驚きました。
加えて、この寺の境内から縄文時代早期(紀元前6000年頃)の貝塚が見つかり、そこで出土した土器の形式(尖頭、楕円文様、厚手)がこの時代のメルクマール、標識土器となっています。
そのように、和歌山県でも市内でなく、南紀に属する田辺市というあまり有名とはいえない場所にこうした不思議といえば不思議な偶然が重なっていることがどうも面白いのです(笑)。
また、ここまで話しておりますと、はじめてこのお寺に行った時のことを思い出しました・・。
あれはたしか初夏であり、セミの鳴き声が聞こえておりましたが、周囲の木々、緑のお陰で境内は少し涼しく感じました・・。
そして、そのことが周囲の自然環境、土壌を含めた植生の薫りをより強く感じさせました。
しかしながら、こうしたことは南紀、和歌山在住時は常にそうした環境の中におりましたので、知らず知らずのうちに、何かしら脳内いや精神に変化が生じたのではないかと思います・・。
それが良いものであるのか、そうでないのかは別として。
それでも私は今でも南紀、和歌山のあの濃厚な自然環境の薫りはキライではないです・・(笑)。」


B「・・なるほど、それもまたAさんらしくコンラッドの「闇の奥」を彷彿とさせるような話ですね(笑)。
しかし、それよりも南方熊楠植芝盛平墓所が同じお寺にあることは少し驚きましたね・・。
・・ああ、それでもたしかこの二人が一緒に出て来る小説がありましたね。
津本陽の「黄金の天馬」でしたか?
この小説はたしかAさんが和歌山在住時に私が大阪に行く所用と休日が重なったため、和歌山に足を延ばした頃に読んだのではないかと思います・・。」


A「ええ、その小説でしたら私も和歌山在住時に読みました。
また、丁度その頃に読んだのでしたら、私にいってくだされば、菩提寺を御案内したのですが・・。
また、あちらの神社仏閣の多くは普通に存在しているようでありながら、なかなか深い歴史的背景を持っているのです・・。
こうした感覚とは多分関東、特に首都圏のそれらと大きな断層があるのではないかと思います・・。
そして、それに関連すると思うのですが、以前私のブログにおいて抜粋しました道成寺境内にて出土した近畿式の大型銅鐸についての記述、みなべ町須賀神社のかつての社叢域内から同様形式の銅鐸が出土していることは、地域の歴史を考える上において何かしら深い意味があるのではないかと思います・・。
また、こうしたことはおそらく何も和歌山県に限ったことではないと思います。
しかし、こうした偶然らしきものを何度か自身が再発見、認識するようになりますと、少なくともその地域における歴史を貫通する何かがあるのではないかと考えるようになるのです・・。
そして私の場合、そうした時期にこれも偶然にコンラッドの「闇の奥」に出会ったこともまたどうも不思議に思うのです(笑)。」


B「・・なるほどねえ・・。
帰納法による様々な事柄の積み重ね、統合によって見えるものはやはり不思議なものなのだろうね・・。
しかし、そうした一般的に考えれば面倒な方法とは、現在どうも廃れつつあるようですね・・。
私はそれでは、どうもいけないような気がするのですが・・(苦笑)。」

「一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。」