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北杜夫著「どくとるマンボウ小辞典」中央公論社刊pp.124-126より抜粋

H・G・ウェルズは、ジュール・ヴェルヌと共に、空想小説の元祖として私たちの記憶にとどまっている。しかし、一時代まえのヴェルヌの小説は、ロマンチッな夢物語(といって彼は将来の実現性を第一目標にした)という感じが強く、いわゆる空想科学小説の種々のタイプ、アイデアの原型のほとんどを創始したウェルズは、やはり偉大であったといってよい。

しかしウェルズは、科学者としての彼の知識を(彼はもともと生物学者として出発した)、文学上の筋の展開のために、かなりしばしば犠牲にもしている。初期の小説群、「タイムマシン」「透明人間」「宇宙戦争」「月世界最初の人間」などのすでに古典となった大衆小説はこうしてうまれた。その着想の新鮮さはぬきにしても、物語の運び方、描写の正確さ、つまり彼の卓抜な小説技術が、これらの作を古典にしたといえる。

しかしウェルズは、やがてこうした空想科学小説から離れてゆき、社会科学的な立場から書かれた思想小説、科学的あるいは歴史的な著述に、その後半生は費やされた。

「世界文化史大系」などはなかんずく著名だが、一九三三年に出版された「来るべき世界」(最後の革命)」という書物がある。

一九三三年といえば、ヒトラーが政権をとった年である。ウェルズはこの書物のなかで、日本の中国本土侵略、日本の敗北、ヒトラーの檯頭、第二次世界大戦原子爆弾を暗示する細菌戦などを予言していて、いかにも当たった予言という感を抱かせるが、客観的に見てこれはどうであろうか。ウェルズほどの頭脳で当時の世界情勢を判断すれば、この程度の予言は当然のことではなかろうか。また彼に近い立場の人で、誰がヒトラーの勝利を予言するだろうか。この書物はむしろ彼の広範囲な知識、ときおり見せる小説家的な描写力のほうに興味がもてる。

この書物は、彼の友人が夢のなかで見た書物―その中には未来のことまで描いてあるのだが―を書きとめた遺稿という形で書かれている。著名な科学者や作家の子孫などを登場させて、未来における研究や当時の描写をさせているところがおもしろい。

原子爆弾を連想させる「永久死滅ガス」というのが登場するが、

「この殺人地帯はだれも二度と足を踏み入れることができず、一九六〇年になって、ようやく二、三の探検隊員が、特別マスクをかけてはいったほどであった。発見されたものは、人体ばかりでなく、そこに迷い込んだ家畜や犬などの死体が、ばらばらとなり白骨となり、数百万のネズミや鳥の小動物の皮や羽のくずが散乱していた。あるいは雑草は傷んでいたが、他の加下等植物は繁茂していた。広大な地帯はちぢかんでムギナデシコでおおわれ、オオグルマは灰色のうぶ毛が生えかかっていた」

さらに、この死滅ガスの副産物として、不妊性放射物が生じたことが記されている。これは日本軍の南京緑色ガス攻撃の報復として、中国空軍が日本へ投下したものだが、偶然の結果として、日本の都市では、人間のみならず鳥や牛やネズミまで不妊になってしまった。

ウェルズは特に、一章をもうけて憎悪について語っている。つまり、後世からの見方では、「憎悪が知的に緩和され抑圧されるようになったのは、おどろくほど最近のことだが、われわれの祖先たちは、この憎悪を予防し得るものとは考えていなかった」

その説くところによると、憎悪は一種の病気であって感染しやすいが、特に哺乳類動物の大脳、とりわけ社会集団型の大脳は感染しやすい。それは合理的なコントロールを欠くためであり、大脳皮質がくり返し少しずつ刺激されるために起こる。伝染は成熟の前後に発生するもので、幾度か的確におそわれると、ついには執念ぶかい痼疾とまでなる。この憎悪から、必然的に手ひどい残酷が生まれた。

「しかし、一九八〇年の復興途上の世界の記録には、人間や獣に対する兇悪な行為はほとんど見られない。これは局面の変化であって、人間天性の変化ではない。現に人を殺したりいじめたりした同じ人々が、今はまったく合理的に善良にふるまっている」

ウェルズは混乱と残酷な未来史―それは私たちが経験し、経験しつつあるものである―を描いたが、そのあとに、ユートピア的な世界国家の像を描いている。これは、他の作家たちの描く未来像がおおむね暗く絶望にみちているのにくらべ、一特色といってよい。彼によれば、人類は悪戦苦闘のはてに、かがやかしい新世界を創造できるというのだが、その根本を、彼は遅々とした教育の力においている。

「どくとるマンボウ小辞典」

ISBN-10: 4122000734
ISBN-13: 978-4122000735


 北杜夫

jtsuruki.blogspot.jp