鶴木次郎のブログ はてなブログver

主にBlogger での同名ブログのコピペにて作成しています。

20151118 兄について・・

A「段々と寒くなってきていますが、体調はどうですか?」

B「ええ、体調は相変わらずですが、この時期になりますと6年前の丁度この時期に亡くなった兄のことを思い出しますね・・。
兄と私は小さい頃よくケンカをしたものでしたが、高校時代くらいから色々と話すようになりまして、私の南紀、和歌山在住時に関東の歯科大学の大学院生であった兄が何回か訪ねてきてくれました。その時、一緒に合川ダムに釣りに行ったり、陶芸体験をしたり、あとは県内の古墳巡りにも行きました。
その際に有田市の藤並神社境内にある泣沢女古墳を見学したのですが、関東ではあまり見られない普通の街並みの中にある神社境内に立地する古墳に感心したようで、説明板を読み、周囲を丹念に見回っていました。そして、説明板に古墳の被葬者が12歳程度の女性であると書かれていたのを読み、兄はおもむろに「うーん、これは多分上顎6番、第一大臼歯の咬耗の具合によってその様に考えられたのだろうな・・。」と言ったことを憶えています・・。
当時の私はその意味が分かりませんでしたが、後に歯科技工学校に入りその意味を知りました。」

A「ああ、もう6年になるのか・・あれはたしか2009年だったね。
Bさんもその時はずいぶんつらかったでしょう・・。」

B「ええ、あの時は鹿児島在住一年目でしたが、兄の死後3ヶ月程度はどうも事態が呑み込めず、ただ呆然とした状態であったことを憶えています・・。
忌引後、鹿児島に戻り数日後、講座によく来られる方々と話しをしていましたら、そのうちの御一人が鹿児島市内で開業されていた兄と同じ歯科大学御出身の歯科医師の一人が若くして亡くなられていることを世間話、井戸端会議の様に声をひそめながらも強調する口調で話された時はショックでめまいがしました。そして何故か拳を強く握り締めていました・・。
その方は性格の悪い方ではないと思いますので、もしかしたら、兄の死で呆然としている私に喝を入れる目的でその様なことをいわれたのかもしれません。
しかし、それでもこういったことをその時、その場所で普通に話しに出すことの出来るという、ある種のサディズム、嗜虐性とは、口ではどんなにキレイごとをいおうとも現実の我々の社会から絶対になくならないのではないかと思います・・。
また、こういった良くいえば野趣あふれる教育的な発言、悪くいえば、ことばの暴力ともいえるものは、先進諸国の中でも高い自殺率を誇る我が国においては、当然の様にあまねく存在するものであり、また特に日本社会に興味のある海外の方々は、こういった人の心を強く揺さぶる発言が、一見周囲にわからないように、記憶されないように、さりげなく為されているのが我々日本人の社会の一面であることを認識されると、より日本文化の深層への理解が深まるのではないかと思います・・。
そしてこれは民度の問題以前に、何といいますか業の深さに原因があるのではないかと思います。また同時に、これは地域、文化圏毎において大きくブレ、偏差があるのではないかと思います。」

A「うん、ちょっと迷信じみているような感じもするけれど、日本社会一般にはたしかにそういったドロドロとした一面があるね・・。
実際私もそういった経験は君よりも多くあると思うけれども、そこで大事なのは、その後で少し間を置いてから激昂せずに冷静に指摘することではないかな・・?
まあ、しかしそれ以前に問題であると思うのは、表面的な態度は現代的であり洗練されていても、その内面、中身においては、どす黒い情念が渦巻いているような行為態度を何やら良いものとしている社会であり、また、そういった行為態度を大人の常識、洗練されたものとして身につけていかねばならない若い世代は大変痛々しいものがあるねえ・・。
その意味で現在進展中の国際化とは、こういったドロドロした因習的な要素が以前よりかは若干希薄にもなるのかもしれないが・・。
あるいは若い頃の能動的な激しい運動によってあらかじめ昇華するべきものなのかもしれない・・。
いや、それよりも若い世代は、もし本当に必要であると思うならば、団塊の世代がかつてそう試みた様に、その時代の覇権を握っている方々を物理的な方法で排除して構わないのではないかとも思います。
結局将来においてツケを支払わせられるのは彼等であるのだから、そのくらいの権利は行使しても良いのかもしれない・・。
また、最近のお笑い界で私が不思議に思うのは、何故かつて「赤信号みんなで渡ればこわくない」などといった当時でいえば明確に反社会的ないくつかのネタにより一世風靡した現在のあの大御所芸人が、某若手芸人コンビのネタが原爆、反日と関連する可能性が強いということで、非難できるのかということです・・。
両者共にテレビの画面で見てきた私にはどうしてもその様に見えてしまう。
もっとも、ほとんどの人々はそういったことをすぐに忘れてしまうのですが・・。
そして、当事者達は毎度のことの様に問題をすり替えたりして、上手く逃げおおせるのでしょうが・・しかし長い目で見ると実はそれが問題であったのかもしれない・・。
あるいはこういったことは我が国の社会ではタブーなのかもしれない・・。」

B「ええ、それはたしかにありますね。
我々の社会は何でも正面から取り組む、戦いを挑むのをどうも記紀の時代から佳しとしない傾向があると思います。
別件逮捕的なものであったり、ああいうのは何ともいえず人を不安にさせるものがありますね・・。
何というかジョージ・オーウェルの「1984」の世界みたいなところがあるのです。まあ、それが全体主義的社会の特徴であるならば、日本とは少なくとも近代以降、現代に至るまで全体主義的な社会であり、おそらく今後もそうなのでしょう・・。
転機となりそうな出来事は時折起きるのですが、いつの間にかそれらも収束、安定してまた全体主義的な社会に再帰着するのです。
ですから、それが本来の自然体なのではないかと思います。
しかし、そういった傾向とは案外他の多くの国の社会においてもそうなのかもしれません・・それが全体主義的であるかどうかは別として・・。
とにかく、こうした社会の傾向に対する不断の警戒というものの価値が見出されないまま、欧米を直接的始原とする科学技術的基盤において同等の位置に到達したのが現代の日本をはじめとするアジア諸国、いや、最近は欧米自身もそうであるのかもしれません・・。
同じ文字列を読むのでもモニターから読むのと、紙面から読むのではその後に生じる想念、思考に違いが出てくるのかもしれません・・。
これはもしかしたら木簡から紙面への変化などよりも大きなものなのかもしれないです。何故ならば筆書という一種の身体性の要素が大きく欠落したからです・・。」

A「うん、最近の国際社会はネットの普及によってか、何でもスピード、正確さが要求されているようで、その結果人間の機械化により一層拍車がかかり、チャップリンのあの映画みたいなことが再び生じつつあるのかもしれないね・・。
これは仕方のないことなのであろうか・・?
ともあれ、さきほどの我が国のドロドロした因習的な要素についてだけれど、実はああいったものが引き起こす「怒り」とは、エネルギーに変えられるものであり、それはノーベル賞を受賞されたあの先生の発言にも見られます。
また、その怒りとは、例外はありますが、その多くは若いうちにしか持ち得ないものであり、それは通常、年齢の上昇、あきらめと共に減衰してゆくものです・・。
そして、その若さ故の怒りからのエネルギーにより主体が創造したものが、世間と感応して人気となり、経済的効果が生じ、その結果一時的にではあるが、世間を活性化させます。そして人気、経済的効果により主体はエネルギーの源であった怒りを持ち得なくなることから、そのエネルギーの供給源を他に求めつつも創造を続け、それがまた世間と感応して、活性化が為されるサイクルが繰り返されるのではないだろうか・・。
その様な一連の流れが時間の経過により感応、活性化の度合い、程度が鈍化、低下すると、今度は新陳代謝の様に新しい主体による一連のサイクルが再び始まるのでしょう。
これは内燃機関にて動く無限軌道の様なもの、あるいはまたフレーザーの「金枝篇」内の「殺される王」もしくは中国の易姓革命の言説などを想起させますね・・。」

B「なるほど・・何だか抽象的であるのか具体的であるのかよくわからないお話でしたが、いわんとする内容はよくわかります。
また、私もその考えには賛成できる部分が多くあります。
ただ、少し不思議に思うのは、そのお話は、男性を主体として想定されているのですか?あるいは女性はその話しのどこに位置づけられる存在なのですか?」

A「なるほど、それは面白い指摘だね(笑)。
私の意見では、実はこの一連のサイクル、流れを無意識ながらも支配、統御しているのが女性なのではないかと思います・・。
しかし現在様々な事物が多様化しているように、女性にも色々あって、先程の主体者に位置づけられるような方も現代社会では多く見られます。
これは特に様々な分野における先駆的存在の女性がそうなのではないでしょうか?
古来より、そして特に近代以降、少なくとも我が国の社会では、こうした先駆的存在を社会の同質性を乱す因子として往々にして同性、異性問わず結果的には排斥する傾向があります。
その一方、同質性を重視する女系的な要素の力が若干弱まっている現在であるからこそ、先駆的な女性は同性からの同調圧力、排斥を免れ、頭一つ越える存在になることが比較的容易になっているのではないかとも思います・・。
しかしそれでも、これもまた私個人の意見だけれども、女性研究者、専門職の方々の自身の研鑽、努力により磨き上げ、鍛え上げられたいわゆる女子力とは、世のほとんどの男性から見れば、ほぼ妖刀であり、御自身が気付かないうちに男性を傷つけていることが多いのではないだろうかね?・・(苦笑)。」

B「はあ、なるほどです・・。
あまり同意したくないですけれど、仰ることよおくわかります(笑)。
それで、今のお話で私が思い出したのが、以前私のブログにてとり上げた若松孝二監督の「千年の愉楽」という映画です。
Aさんも、もし機会がありましたら是非一度御覧ください。
多分、今のお話を思い出されるのではないかと思います。
また、そういえば、亡くなった兄とも、よく読んだ本や映画に関しての話しをしていましたが、不思議と兄とはそういった好みが似ておりまして、最近は音楽自体あまり聴かないのですが、兄から教えてもらった曲は今でも私のお気に入りに入っています。それらのうちの一曲であるm-floの「Come Again」は現在尚かなり良い曲であると思っています。
あ、この一連の会話はまた個人特定の要素を除きブログの題材にしようと思いますが、丁度兄の七回忌ということもありますので前の曲を動画サイトから共有しようと思います・・。」

A「ああ、それはいいね。
それにしても君の求職活動の方ももうじきいい方向に落ち着くといいね・・。」

B「ええ、どうもありがとうございます。がんばります。
しかしこればかりは縁みたいなものがありますので、とりあえず色々と動くほかないようですし、また、そうでもしていないとおかしくなってしまいそうです(笑)。」

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ロバート・グレーヴス著「この私、クラウディウス」みすず書房刊pp.113-115より抜粋

ウィンストン・チャーチルの戦争についての記述と併せて読むと面白いかもしれません。

リウィウスは言った。「ポッリオの問題は、歴史を記述する際に洗練された詩的な感情をおさえねばならんと思い込んでいるところにある。作中人物を動かすときも意識して生気がないようにしてしまうし、その人物に語らせるときにも、わざとかれらの口から能弁を奪ってしまうのだ。」

ポッリオは言った。「そうとも。詩は詩、弁論術は弁論術、そして歴史は歴史だ。これを混同はできぬ」
「混同できぬ?私にはできるよ」リウィウスは言った。
叙事詩的主題は詩の占有物だから歴史に用いてはならぬとか、決戦前夜の将軍に、それが弁論術の占有物だという理由から、能弁な演説をさせてはならぬというのかね」

「それこそわしの言いたいところじゃ。実際に何が起こったか、人々がいかに生きそして死んでいったか、その人々が何を言い何をしたか、それをありのままに記録することこそ真の歴史であって、叙事詩的主題はいたずらに記録を歪めるだけだ。貴殿の将軍の演説は、なるほど弁論術としては一級品かもしれんが、まったく歴史的ではない。どれをとっても真実のかけらもないばかりか、不適切ですらある。わしは他の誰よりも決戦前夜の将軍の演説をこの耳で聞いてきた人間だが、その当の将軍たち、殊にカエサルとアントニウスは弁論術の手本ともなる能弁家であったにも係らず、何よりもまず良き軍人であったから、軍団兵の前でそうした弁論術の手本を披露したりはしなかった。将軍たちが兵士に向って語るときには、普通の会話のように話したのであって、決して演説をぶったわけではない。そもそもカエサルがファルサリアの合戦の前にどのように話したか貴殿は御存知かな?かれは兵士に対して、妻子のことやローマの神殿のこと、はてはローマの過去の赫々たる戦歴を思い起こせなどと言ったか?断じて否である!カエサルは片手に例のばかでかい人参、片手には硬い兵営のパンを持って松の切株の上に立ち、もぐもぐ口を動かしながらその合間に冗談を飛ばしたのだ。
冗談といっても婉曲なものではなく、そのものずばりの生々しい奴で、話題は自分の自堕落な生き方に比べれば、まだしもポンペイウスの暮らしはずっと清潔だというものだった。
カエサルはあの人参を使って兵士たちの腹の皮がよじれるほど大笑いさせたものよ。今でも憶えておるよ、ポンペイウスが大ポンペイウスと呼ばれるようになった由来をあのばかでかい人参を使って説明するきわどい冗談があったなあ。
カエサルがどうしてアレクサンドリアの市場(バザール)で髪の毛を失う羽目に陥ったかという話はもっときわどいものだった。
まあこの少年の前では話せんが、たとえ聞かせてやっても君はカエサルの兵営で鍛えられた者ではないから話の要点は分かろうはずがない。いったいカエサルは翌日の戦さのことなど話の締めくくりにこう言っただけだ―「嗚呼哀れなるかな、ポンペイウスカエサルの軍隊に刃向かうとは。運の尽きというものだ。」「貴殿は著作の中でこうしたことは一切記しておらないのではないか」
「もちろん一般公開した版にはな」とポッリオが言った。「わしとて馬鹿ではない。それでも知りたいというのなら、私家版の補足篇を貸してやろうか。ちょうど書き上げたばかりだからな。しかし改めてあれを読むまでもない、わしが直に話してやろうから。
知っての通り、カエサルには物真似の才があった。
かれは今まさに剣の上に(あの人参を剣に見立てて―尤もかじりさしではあったが)わが身を投ぜんとするポンペイウスの臨終の言葉を披露してみせたのだ。何ゆえ悪が正義に勝利するのか、ポンペイウスの名において不死の神々を痛罵したのだ。兵士たちは腹を抱えて大笑いさ。
それからカエサルは声の限りに叫んだ。「ポンペイウスはこういうが、これは本当ではなかろうか?できるものなら否定してみるがいい、ふしだらな餓鬼めら!」そしてかじりさしの人参を兵士たちの前で振り回したのだ。
その時の兵の怒号たるや!カエサルの兵ほどのものは後にも先にもなかった。連中がガリア戦役勝利のときに歌っていた歌を憶えているかな。

「俺たちと一緒に禿頭の助平どののお帰りだローマ人よ、女房を家に閉じ込めておけ」

「これこれ、わが友ポッリオよ、今議論しているのはカエサルの道徳についてではなく、いかなるものが正しい歴史記述かという問題であったはずですぞ」とリウィウスは言った。」
この私、クラウディウス

この私、クラウディウス

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伝統・文化 「肌身に知る」

A「これまでに幾つかの地域にて在住した経験から、それら地域での文化、価値観と現在住んでいる首都圏のそれとで異なっていると感じたことは多々あります。
その中の一つについて、先日ある機会により思い起こしましたので、それを記そうと思います。
首都圏あるいは我が国を代表する伝統芸能として「歌舞伎」が挙げられます。
そして、特に首都圏においては「歌舞伎」の観劇とは、どちらかというと高級な趣味とされているのではないかと思われます・・。
またそれに伴い、歌舞伎役者もまた、一般にどちらかというと通常の俳優、役者とはまた異なった種類の著名人として分類されているのではないでしょうか?
こうした価値観に対し、首都圏以外での在住経験のない頃は、特に疑問を持つこともなく、ただ、当然、所与のものとして受け止めていたように思います。
しかし、これまでの住んだ幾つかの地域の中での生活、日常会話などにおいて、時折、そうした自身が所与の当たり前の価値観としているものについての相違が認識されることがあります。
その中で特に印象的であったのが「歌舞伎」についてです。


A「君の実家はたしか千葉県の市川市のようですが、何故幼稚園から中学校まで東京の学校に通っていたのかね?」

B「ええ、やはり同じ公立校とはいっても都心部の学校の方が色々と進んでいると云われてましたし、私は祖父母の家がそちらにありましたで、千葉県の市川市にて住んではおりましたが、実際に育った場所は、その半分は都心部であるといっても良いのではないかと思います・・。
まあ、それでもあくまでも出身は千葉県ではありますが・・(笑)。
しかし、それら都心の公立校でも、私のような生徒は少なからずいましたので、そこまで珍しいことでもないように思いますが・・。」

A「ふーん、B君の祖父母は東京の人なんですね、それで東京には何時頃から住んでいたのですか・・?」

B「父方は明治以降に上京してきたようですが、母方は明治以前から、つまり東京が江戸であった頃から住んでいたようでして、聞いたハナシでは日本橋人形町あたりで商家を営んでいたようです・・。
ですから、祖母などは現在考えてみますと着物の着方から様々な趣味に至るまで、江戸からの文化を受け継いでいたのではないかと思います・・。」

A「そうですか・・それで、その江戸からの文化の趣味とは、具体的にはどのようなものですか?」

B「ええと、そうですね、祖母は歌舞伎の観劇が随分と好きな方でして、私も幼い頃連れられて何度か観に行った記憶もあります・・。」

A「はああ・・歌舞伎ですか・・それが東京の伝統的な江戸文化なのですか・・?」

B「まあ、現在では様々な地域、地方で興行されるようですが、そういっても良いのではないかと思いますが・・。」

A「しかし、君、歌舞伎とは元々、なんだね君も知っているとは思うけれども、あまり良いとされる文化ではなかったし、現在でもそれは基本的には変わっていないでしょう・・?
梨園といったって、あれは要するに疑似皇室みたいなものではないかと思うよ・・。
まあ、マスコミの話題作りの一環で随分もてはやされてはいるようだが・・。」

B「はあ、なるほど・・・しかし、ここ***では、そうした文化自体があまり盛んでなかったから、そのようにお考えになるのであって、江戸、東京においては、そこそこの歴史があり一般的に伝統芸能と認識されているのだと思いますよ・・。」

A「・・ふうむ、まあ、こっちには昔からあまり観劇といった文化自体があまり盛んではなかったし、また歌舞伎といっても地方巡業に来るような旅芸人一座の一種として認識されているのかもしれないね・・。
しかし、それでも東京では歌舞伎が立派な伝統芸能とされているのが、よく理解できないね・・。」

B「しかし、地方巡業でしたら相撲なども行いますけれど、あれはかつて盛んに行われた地域の村相撲などとは、また別のものとして認識されますよね・・?」

A「いや、相撲は歌舞伎とは違うよ、あれこそまさしく伝統ではないかね・・?
だから、村相撲には村相撲の良さみたいなものがあって、大相撲にはまた別のそれがあるのだと思うのだが・・。」

B「それでしたら歌舞伎もそれと同じように考えれば良いのではないでしょうか・・?」

A「まあ、それは理屈としてはそうなのかもしれないが、実際にそうした文化を肌身に知らないと、いくら君が力説・説得したところで、こちらは納得できないよ・・(笑)。」

B「ええ、それは仰る通りであると思いますし、またそれ(肌身に知る)が文化そしてそれを認識する価値観にて不可欠なことであるとは思いますが・・。
かといって、これ以上、この話題では、あまり有意義な進展は望めないようです・・(苦笑)。」


こうした経験とは、実際には往々にして、もう少しナマグサイものでしたが、それこそ数多くあります。
しかし、現在では貴重な経験をさせて頂いたと考えています。

少なくとも、都心部の文化、価値観が「絶対」ではないということは肌身に知り得ました。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる熊本の大震災、山陰東部での大震災により被災された地域の出来るだけ早期の諸インフラの復旧そして、その後の復興を祈念しております。」

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根源的な変化と継続的な文章の作成の関係について・・

A「これまでに480記事以上を既に投稿しているため、本日に関しては特にブログ記事の作成、投稿を行わないでも良いのではないかと不図考えましたが、あとになり500記事到達を前にして書けなくなる可能性も否定できないため、とりあえず何か書きはじめようと思いたちました・・(苦笑)。

しかし、このような、いい加減ともヨコシマともいえる考えに基づき書きはじめてみても、何かしら書いておりますと、それなりに主題、テーマは思いつくようです・・(笑)。

さて、そういえばここ最近は映画をレンタルDVDをも含め観ていないことに気が付きました・・。

以前の鹿児島在住時は週末によく映画をDVDにてレンタルして観ておりましたが、その後からは不思議なことに、その習慣がほぼなくなっておりました・・。

しかしそれは「日常の生活が映画よりも面白いからである」といった考えには結び付きません・・。

それとは異なる次元にある、自身の根源的な「欲求」において何かしら変化が生じたからではないかと思われます・・。

また、こうしたことは、ある程度の年齢になりますと、頻繁に生じることはないように思います。

そして、変化が生じた後になると、むしろ変化以前の状態、嗜好を不思議に思ってしまうようなところもまた、あるのではないでしょうか・・?

そして、このような現象を「憑き物が落ちた」と表するのではないでしょうか?

そのように考えてみますと、現在、どうにかブログ記事を継続的に作成を出来ている状態とは、「何かに憑かれているのではない!」と断じ切るのは困難であるように思います・・。

加えて、昨春に強烈に感じた「文章を書くことが出来ない!」という思いは、さらにそれ以前の、ある程度文章を書くことが出来ていた時期と比べた結果であり、それは正直なところ、精神的な圧迫・苦痛を伴うものであり、漠然とした生命力の枯渇を感じさせる自身としては極めて恐ろしいものでした・・。

そして、その当時に比べますと、現在の状態とは、どうにかブログ記事として継続的に文章の作成が出来ていることから、かつてほど強烈な危機感(生命力の枯渇)を感じさせる状態ではありません・・。

とはいえ、あくまでも、これまでの継続的なブログ記事作成とは、その次(大学での研究支援などの職に就くこと)を目的とした、創造力の枯渇を防ぐためのものであり、その目標とは今現在、残念ながら達しておりません。
あるいは、今後それを達した場合においても、何かしらの方法に依り、こうした文章の作成そして発信は継続したいと考えております・・。

そして、それは、克己心といった積極的・前向きな性質のものではなく、どちらかというと、自身の鹿児島在住時における週末の散歩のように、自身の精神衛生を保つための消極的、防御的な性質のものであると判断されます・・。

しかし、そこで面白いと思うことは、こうした消極的・防御的な手段に拠って積極的といえる創造性の保持を図っているということです・・(笑)。

とはいえ、こうしたことは、さまざまな運動などの練習目的においてもいえるのでしょうが、このように、その「流れ」をこれまでの文章の流れにより書いてみますと、なかなか面白いものであると感じると同時に、命題、反対命題の止揚揚棄により(創造的な)新たな統合された意見を得るといった考えにも一脈通じるのではないかと思われることです・・(笑)。

しかしながら、これもまた一つの仮説ですので、その実相とは、今後更なる検証を通じ行っていくのが良いのでしょう・・。

また、最後に不図思ったのは、もし今現在のブログ記事の継続的な作成が、何かに憑かれて為し得ているのであるとすれば、それは一体何に憑かれているのでしょうか・・?

あるいは、それは単に自己の行ってきた結果、自然に付随するものであると判断しても良いものであるのだろうか・・?

また、そうであると判断出来る自信とは、どこに由来するのであろうか・・?

しかし、現時点の自身としては何れでも構わず、とりあえず500記事まで作成するのみではあるのですが・・(笑)。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる熊本、山陰東部での大地震により被災された地域の今後の出来るだけ早期の復旧、そしてその後の復興を祈念しております。」

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継続的な着想、(循環論法・トートロジー)、弁証法について・・

A「総投稿記事数も480に到達し、500記事まで残すところ20記事未満となりました。

そこで少し前を振り返ってみますと、直近の適当な区切りであった450記事到達から現在に至るまでは思いのほか早いものであったと思います。

そして、このままのペース(1日1記事)にて書き続けることにより来月12月初頭の500記事到達が予測されます。

とはいえ、この先如何なることが生じるか分かりませんので、とりあえず500記事到達までは「継続的な着想」が枯渇しないように書き続けようと考えております・・。

さて、その「継続的な着想」ですが、これは昨日投稿のブログ記事にて扱った「循環論法」あるいは「トートロジー」(これも以前ブログ記事にて扱った)と深く関連するものであり、さらにこれらは特に文系学問分野における思考方法に類縁関係を持つのではないかと考えます・・。

その一方において、文系学問分野における思考法として即座に思い浮かぶのは「弁証法」(ヘーゲル以降)ですが、この弁証法において定義される命題、反対命題もまた、その各々(命題・反対命題)の生成過程を考えてみますと、おそらくさきの「循環論法」「トートロジー」に拠るものが多いのではないかと考えられます・・。

そして命題・反対命題であれ、それらの生成過程とは、その次の段階ともいえる弁証法による議論よりも、内面性が強く、明らかにされることが少ない、無意識のうちに生成が為される部分が多いのではないかと思われます・・。

「循環論法」「トートロジー」とは、本質的にそうした性質を帯びていると私は考えます。

そして我々は日常において、そうした思考の回転(「循環論法」「トートロジー」)の様相を言明、記述の何れであれ、明示しようとはあまり考えません・・。

むしろ、そうしたことを試みるのは「変」であるとされるのが通常ではないでしょうか・・(笑)。

また、この点について、我々日本人とは、相対的にその傾向が強いのではないでしょうか?

それ故、我々には「常識」といった感覚はありながら、議論により構築された汎用性を持つ「哲学」といったものに未だ持つに至っていないのではないかとも考えられます・・。
あるいはそうしたものが苦手であるのかもしれないです・・。

これを別言すると、個別的ともいえる思考の回転(「循環論法」「トートロジー」)と「弁証法」の議論の間に大きな溝がありながら、論理的な議論に対し何らかの知的な理解を示さなければならない場合においては、感情的な能力ともいえる「共感」の(名人的ともいえる)駆動により、どうにかその場をやり過ごすことが多いといった感じです・・。

これはたしかに一種のユーモアではあるのかもしれませんが、そればかりではやはりダメであると思います・・。

とはいえ、それでも「循環論法」「トートロジー」といった議論、思想のタネともいえるものが大事に扱われないのは、それらが持つ一種の悩んでいるような感じ、暗さとも見られる内面性からではないでしょうか・・?

そうしたものよりも、それを表層的なユーモアにていじり倒す方が余程「見ていて」気持ちがいいことは間違いありませんが・・(笑)。

しかし、それだけでいいのでしょうか・・?

あるいは、実のところそれが(我が国における)適当な価値の配分であるのだろうか・・(苦笑)。

また、国民性とは、こうしたところにも表れるのかもしれません・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。

さる熊本における大地震、山陰東部における大地震により被災された地域の出来るだけ早期の復旧そしてその後の復興を祈念しております。」

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閲覧されたブログ記事から・・

A「これまでに作成したブログ記事も390を越え、あと10記事の投稿に満たず、どうにか400記事に到達します。
また、以前は366記事(閏年であるため)を目標として定め記事作成を行ってきましたが、それに到達しますと、今度は、その次のキリのいい数として400記事を目標として定め、現在は、その(到達に近い)途中であるといえます。

また、最近は読んで頂いている記事も最近投稿のもののみならず、大分前(たかだか一年程度ではありますが・・)に投稿した記事がどうしたわけか多く読んで頂いていることがあり、こうした現象とは、もしかすると、そこに何かしら現在(さまざまなレヴェルにおける)との関連性の指摘が為されているのではないかとも考えさせられます・・・。

そして、そのようなことを頭のどこか片隅に置き、何かしら文章を記していると、どのようなメカニズムに因るものであるかわかりませんが、つい先日に投稿した「「山鹿灯篭まつり」から・・」のようなことが生じるのではないかと思われます・・(笑)。

とはいえ、このようなことは、決して語義通りの意味で「科学的」であるとは到底いえません・・。

しかし一方において、こうした現象もまた少なからず世の中に存在することは、大抵の方々が理解、納得していただけるのではないかとも思われます・・・。

このようなことは不思議といえば不思議ではあるのですが、同時にそこに偶然・必然いずれかのコトバであれ、それを以って(現象に対し)充たそうとすると「どうも違う・・」、「いや、それだけではない!」といった感じを受けてしまうのです・・(苦笑)。

あるいは、もしかすると、心のそのあたりの動きに「創造性」といったものが脈打っているのかもしれません・・(笑)。

しかし、このようなことを(ボンヤリと)考える(ことができる)ようになった時期とは、私の場合、そこまで古くはなく、昨日のブログ記事における鹿児島在住の頃(特に後半)であったと記憶しております・・。

この時期とは、現在になり考えてみますと、さきに記した「山鹿灯篭まつり」記事のようなことが(比較的)継続的に生じていた時期であり、そして、おそらくそのような(継続的な)現象を自我が感知するところから、一種の自意識の肥大化が生じ(D2病)その結果、何かしら精神に(良い悪いは抜きに)変化が生じるのではないかと思われます・・(笑)。

また、こうしたことを現在言語化を試みているということは、次に生じるそれに適切に応対する為であり、同時にそれを「望んでいる」ともいうことが出来ます・・(笑)。

つまりここで重要なことは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に応対するということが大事なのであり、それを望むということは、決して悪いことではないのではなかろうか?」ということです。

そしてそのように考えてみますと、反語的に在鹿児島時代の私とは「それ(自意識の肥大、精神の変化)に適切に対応出来ていなかったのではないだろうか・・?」と考えさせられるのです・・。

あるいは、そうしたこともまた、当時の私は薄々ながら感じ取っていたのではないかとも思われます。

そして、何れにせよ、どうにかそれ(自意識の肥大、精神の変化)に押し潰されず生きてこれたことに対し薩摩、鹿児島の風土そしてその地域社会そしてそこでお世話になった人々(鹿児島が地元でない人々をも含む)に対し、少なからず恩義を感じざるを得ないのかもしれません・・。

ともあれ、以降もまたしばらく記事を書き続けます・・。

今回もここまで興味を持って読んで頂いた皆様、どうもありがとうございます。

さる四月に熊本にて発生した大地震によって被災された地域における出来るだけ早期の諸インフラの復旧そしてその後の復興を祈念しております。」

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「楡家の人びと」から「迷路」「神聖喜劇」などの長編について・・

A「昨日は風が強くまたそこそこ寒いなか、外屋外にいる時間が長かったためか、風邪をひいてしまい、今現在多少頭が重く、体全体が気怠い感じがしております。

それ故、本日の記事更新は止めにしようと考えましたが、これまでに培った習い性とは、意外と強いものであるようで、こうして本日分の記事作成に取り組んでいる次第です・・(笑)。

また、面白いもので、一旦記事作成に取り掛かりますと、多少頭の重さ、気怠さも忘れるか、軽減されるようであり、こうしていくうちに、何かしらの主題が見つかるのではないかと思われます・・。

さて、先日より読んでおります北杜夫著「楡家の人びと」は、残すところ第三部のみとなりましたが、これは明日早々に購入し読んでみようと考えております。

そして、おそらくこの調子にて読み進めますと、来週中には全巻読了に至るのではないかと思われます。
そうしますと、また久々に野上彌生子著「迷路」以来の長編読了ということになりますが、この比較的新しい読書記憶に基づき、両著(「楡家の人びと」、「迷路」)を比較してみますと、後者は前者に比べ思想的あるいは内面の情緒的な記述の分量が多く、そのことにより、著作内容の理解が多少困難となり、また、そのことから読み進む速度においても相違が生じるのではないかと思われます・・。

あるいは、これはあくまでも私見ではありますが、各々著作に対象年齢を設けるとすれば「迷路」の方が、多少その年齢層が高くなるのではないかとも考えます。

また、そのような視点にて考えてみますと、我が国の長編小説の一つの金字塔?ともいえる大西巨人著「神聖喜劇」は一体どのような扱い(対象年齢)となるのでしょうか・・(笑)。

この著作に関しては端的、一言にて感想を述べることが困難であり、ただ「面白く、大変勉強になると思いますので機会、興味がありましたら、是非読んでみてください。」といった感じになります・・。

また、私も機会がありましたら、この著作全巻をもう一度読み、そして、その面白いと思われる部分をタイムリーに抜粋引用してみたいとも考えております・・。

しかし「迷路」にても、そうした傾向はあると思われますが、特に、この著作(「神聖喜劇」)に関しては、そうしたことを行っていると「何かしらの問題が生じるのではないか・・」といった危惧もまたありますが・・(苦笑)。

そして、その危惧を含めて、この著作を大変魅力的なものにしているとはいえますが・・。

また、何といいますか、我が国の社会、歴史の深層、古層からの問題点を作中にて抉り出し、あからさまに提示しているという意味において「神聖喜劇」、「迷路」とは類似した要素を持っているともいえます。

とはいえ、前者の方がより強烈であるとは思いますが・・(笑)。

そして、そこから正直なところ「神聖喜劇」は女性向けの著作ではないと考えます。

また、そのよう考えてみますと、不図疑問に思ったことは、加藤周一著「日本文学史序説」下巻にて野間宏著「真空地帯」という「神聖喜劇」と類似した主題を扱った著作に関して割合長く述べられているのに対し「神聖喜劇」には一行も触れられていないのは、一体何故であろうか・・?ということであり、これは単純に出版年によるものなのでしょうか・・?

今回もここまで興味を持って読んで頂き、どうもありがとうございます。
先日の博多駅前の道路陥没事故の復旧、さる熊本での大地震、山陰東部での大地震にて被災された地域の出来るだけ早期の復旧そして、その後の復興を祈念しております。」

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歴史力・予言力と合理性?・・

A「相変わらずブログを続けているようですね。
また、最近閲覧者数も増えたようで良かったですね(笑)。
しかし、それはそうと、求職活動の方では何か動きはありましたか?」

B「・・どうもありがとうございます。
お陰さまで、最近閲覧者が増えましたが、しかし、これはこれでプレッシャーらしきものもありますよ・・(苦笑)。
また、求職活動でも相変わらず動いておりまして、昨日も夜半に応募書類を作成し、一番近い24時間空いている郵便局まで行き、発送してきました・・。
そういえば、ここ最近数ヶ月は応募書類を発送する際に心の中で「頼むよ神様、こんな人生だったんだ、どうか幸せな夢を見させてください・・」と心のなかでつぶやくようになりました(苦笑)。
ともあれ、今後また何か動き、変化がありましたらお知らせいたします。」

A「・・・そうですか、わかりました。
そういえば、これまでBさんが作成した対話形式のブログ記事での登場人物で「これは私のことかな?」と思える人物が出てきますが、あれは何人かそのモデルの方々がいるのですか?」

B「ええ、そうです。
私のブログ記事での登場人物は概ねA、Bですが、このうちの片方は私自身がモデルであり、他方には、そのモデルの方が何人かおります。
とはいえ、この登場人物キャラクターとは、そのモデル一人一人から抽出したものではなく、毎回それらを適宜複合、合成したものとなっています。
まあ、それでも、さきほどのAさんと同様、モデルとなっている方々は読んでいらっしゃれば「これは多分、私のことかもしれない・・。」となっているのではないかと思いますが・・。」

A「はあ、なるほどねえ・・。
何だかそうしたキャラクターの表現、書き方とは「記紀」に描かれているスサノオオオクニヌシヤマトタケルのようですね・・。
それは編纂者から見て類似したような複数の人格を一人の人格にまとめ上げて物語の登場人物とすることです。
しかしまあ、こうしたことは、おそらく世界各国の神話、伝承などにおいて類例が少なからずあるのではないかと思いますが・・。」

B「・・なるほど、それはこれまでに気が付きませんでした・・。
また、たしかにそういわれてみますと、ほぼ無意識ではあったと思いますが、そうした要素はあるかもしれません。
そうしますと、私はそれを知らずに「記紀」あるいは、その他の神話、伝承のような表現方法、書き方を採っていたということになるのですね・・(笑)。
それに加えて、こうした経緯の可能性を示唆されると「そのようなことは、ある程度合理的に考えれば、大体共通した方法を採るであろうから、まあ当然といえるのではないか。」と考えるか、あるいは「そうした歴史を越えた共通、類似性の間には何らかの原因、あるいは関連性があるのだろうか?」と考えるかにより、その後の考えとは、ずいぶん変わってくるのではないかと思います。
そして、一般的な意味における合理性に基づいて考えると、おそらく前者の考えに近いものに落ち着くことが多いのではないでしょうか?」

A「・・うん、まあ多分そうでしょうね(苦笑)。
さきほど私も自分の思ったことをいったわけですが、それに対してBさんからそのような反応がくるとは思っていませんでした(笑)。
しかし、多分、おっしゃる通りこうしたことは案外重要ではないかと思います・・。
たしか柳田國男がそうした能力のことをどこかで「予言力」と書いていたように思います・・。
「予言」といいますと非科学的であり「怪しい」と思われそうですが、それは過去の歴史に対する様々な深い理解、知識に基づいた、これから起こる出来事への理解および対応の仕方ともいえるのではないかと思います・・。
我々日本人のこうしたことに対する認識、理解の仕方については、かねてより多くの研究者、著述家が記しておりますが、全体的な傾向としては、たしかにBさんの仰る通り、まあ、前者つまり合理性に基づいてなされているのではないかと思います・・。
とはいえ、この「予言力」とは、前者的な考え方も重要でしょうが、おそらく後者的な考えを思考の熱により煮詰めることによって精製、生成されるのではないでしょうか?」

B「・・はあ柳田國男が「予言力」と記していたのですか・・。
また、そうした考えとは、今現在の様々な情報が錯綜して存在している我が国であるからこそ特に重要であるのかもしれません。
加えて、さきほどAさんが私のブログ登場人物キャラクターに関して指摘されたことは、一種の「抽象化」であると思います。
そして「様々な歴史的出来事に対する抽象化の仕方の傾向」などにおいても国あるいは地域毎に特徴があるのかもしれません・・。

A「・・ええ、そういったことは、たしかにあるかもしれませんね。
また同じ国、地域などにおいても、時代が変わるとそうした傾向はまた変わってくるのではないかとも思います・・。
これはブログの文章を書く際においても同様であるかもしれませんが、どういった深度あるいは高度から事象を眺めるかによって、眺望が異なり、それにより書く文章も変化してくると思いますので、時代、国、地域における「抽象化の仕方の傾向」の相違とは、そうしたことに因っているのではないかと思います。
そして、そうした「眺望」が何故、その時代、その場所において成立したかということを考えてみるのもなかなか面白いのではないでしょうか(笑)?」

「一連の私のブログ記事を興味を持ち読んでくださっている方々、どうもありがとうございます。
皆様のお陰でとりあえずここまで書き続けることが出来ております。
また、現在公募、求人等に応募しております。
現在大変困難な状況でありますので、この状況から助けていただきたく思います。
どうぞよろしくお願いします。」

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記事 出汁が具材に染込むとき・・形而上・形而下の現象

A「おかげさまでこれまでに作成したブログ記事も320となり、その総閲覧者数も85000人に到達しました。

今後どの程度ブログ記事の作成を継続するかわかりませんが、とりあえず1年分、365記事程度までは作成してみようかとユルく思っております・・。

また、多く閲覧されるブログ記事とは、直近に投稿したそれと強い関連が示されるものであることが多く、これは大変勉強になり、ブログ記事を作成する際の大きな原動力となっております・・。

とはいえ、ここ最近は(さきのブログ記事にて示した)歴史系の著作以外特に読んでおらず、また何か面白い小説でも探してみようと考えております・・。

こうして考えてみますと、少なくとも私の場合、何か物語、小説などを読んでいる時期の方が、そうでない時期に比べ、自身のブログ記事の作成がスムーズになされるような感じを受けます。

また、これまで一応300記事以上継続して作成することが出来た背景においても、同様のこと(物語、小説を読む)がいえるのではないかとも思えます。

そして、さらには、これまでに経験した議論もまた、同様の効果をもたらしているのではないかとも思えます。

そのように考えてみますと、これらの要素が複合的、相互作用的に存在していた時期とは、現在のブログ記事作成をどうにか可能にしている原因、根拠であるのではないかと思われます・・。

また、それらを比喩的に表現してみますと、カレーや煮物などで、その具材に味がしみ込むのは、加熱している間であるよりも、加熱を止めた後であるといったことに類似しているのかもしれません・・(笑)。

とはいえ、そこで大事なことは、それが「本当の熱」が加えられている(た)ということではないかと思います。

それは我々日本人が古来より得意とする類感、感染呪術の進化発展の延長上とも見做すことが出来る「模倣」(のみ)によっては同じ効果を得ることが困難ではないかと考えます・・・。

また、それと同時に如上のように類似したものとして物理的現象を用い精神的現象を「説明」することは出来るのかもしれませんが、それはあくまでも「説明」であり、効果をもたらす実効性を有するものではありません・・。

そういった意味において即自的、対自的といったコトバの意味もまた多少深く理解出来るのかもしれません・・。

そして、それは様々な国、地域において原初の時代より徐々に様々な文化、事物が発展を遂げ、繁栄し、そしてそれが衰退するといった歴史上に多く見られる普遍的な現象においても関連があるのかもしれません・・。

とはいえ、それもあくまでもさきに述べたように「説明」であり、歴史上の微細な一主体的存在(個人)の典型的な社会における姿ではないのかもしれません・・。

しかし、あるいはこのような思考経路を辿りがちであるということもまた我が国の特徴であるのかもしれません・・。

そのように考えてみますと、何を為すにおいても、その主体性、能動性が重要であるのではないかと考えさせられます・・。

しかし同時に、そうであるからといって、主体性、能動性とは、主体的、能動的、意識的に「模倣」をするということとはまた別ではないかと考えさせられます・・(主体性の向かう先とでもいいましょうか・・?)。

それ故、主体性、能動性を得るためには、何といいますか意識的な模倣ではなく「知らないうちに没頭していた」というような経験が「多く」必要なのではないかと思いますが如何でしょうか?

そして、そういったことを忘れ、ただ計量的データによる利害損得に基づき考え、意識化し、行動を決定するようになると、さきのブログにて引用したマックス・ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の最終章のコトバがどうも想起されるのです・・(苦笑)。

ともあれ、ここまで興味を持って読んでくださった皆様、どうもありがとうございます。
また、さる四月の九州、熊本の大地震により被災された地域の早急な諸インフラの復旧そしてそれに続く復興を祈念します。」

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周辺機器の進化と学問の価値との関係・・

A「ここ最近のブログの一日の閲覧者数は、以前とあまり変わらず、大体300~500人程度となっております。

以前用いていました対話形式の文体から現在の独白形式の文体に変えたことにより、多少閲覧者数に変化が生じるかと思いましたが、現在のところ、そこに大きな変化はありません。

ただ、これは気のせいであるかもしれませんが、閲覧された記事の動向を見ておりますと、以前に比べ、記事を深く読まれているのではないかと思うことがあります・・。

そして「深く読む」といいますと、現在再び読んでおります「迷路」上巻は100頁程度まで進みました。

今回のこの読書においては、以前あまり深く考えず読み飛ばしていた事柄、たとえば作中に出てくる現在では聞くことがない語句、事物の意味をインターネットなどで調べたりして読み進めています。

そうした、一種精読に近い読書、読解とは、多少面倒くさい反面、新たな疑問、発見などが出来、なかなか面白いものであるとも思います。

そういえば、以前より、インターネットなど情報技術の進化、普及に伴い、大学など高等教育機関での文系学問の意味、価値が大幅に減じた、減じるといった内容を何度か聞いたことがありました。

たしかにインターネットの普及以前であれば、さきに記した精読、読解の作業においては、図書館等を利用し、記載されている語句、事物の意味、背景を調べ、解釈し、読み進めてゆくのが一般的であったと思われます。

それがその後、PCあるいはその端末機器を広く一般的に使用することにより、かなり簡便にこうした精読、読解作業が概ね出来るようになったことは、たしかに「長足の進歩」であるとは思います。

しかし、そうであるからといって文系学問の意味、価値が減じたということにはならないと思います。

それは一般的に考えてみて、理系の分析機器が進化し、その操作が簡便になったからといって、理系学問自体の意味、価値が減じることがないのと同じことではないかと思います。

それ故、文系学問の場合、周辺機器の進化発展により様々な情報の入手が簡便になるからといって、その学問自体の意味、価値が減じると考えることには、そうした評価をくだす方々が当初よりその学問分野に価値を認めず「本質的な興味」を持ちえないことから、そのような評価になりやすいのではないかと思います・・。

そして、こうしたことは私を含め、多くの方々が様々な事物に対し、そうした評価を比較的安易にくだしているのではないかと思われます。

また、それに加え、そうした評価とは、インターネットの普及により、個々人が、より一層、そうしたメカニズムによる評価を諸事物に対しくだし易くなってきているのではないでしょうか?

その意味において、かなり原始的、単純であるのかもしれませんが、私は紙媒体の書籍の読解には何かしら(不可知な)大きな価値、意味があるのではないかと思います・・。」

ここまで興味を持って読んでいただいた皆様、どうもありがとうございます。

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